■6.日本へ

 南機関の発足と同時に、アウンサンは南機関員・杉井満とともに、日本の貨物船に潜り込んで、ビルマに戻った。この時期には、日本との戦争に備えて、イギリス植民地政府の独立活動に対する弾圧・規制はかつてないほど厳しいものになっていた。

 姿を消していたアウンサンについても、全国で草の根をかきわけるような捜索が続けられていた。アウンサンは、入れ歯を含んで出っ歯で黒メガネの中国人に扮して、仲間のもとに戻った。そして独立運動の指導者たちに、日本との合意内容を報告し、行動計画を取り決めた。

 それは、各団体を大同団結させたうえで、イギリス植民地政府に対し反乱活動を起こせるよう、全国各地にゲリラ・グループを配置すること、そして、その指導者として青年たちを日本に送り込んで、軍事訓練を受けさせることだった。

 1941年3月10日、アウンサン自身が率いる第一次グループ5名が、日本に戻る貨物船に乗り込んだ。その後、数次に分かれて、合計27人の青年が日本に向かった。

 日本では、東京、京都、大阪など、各地を見学した後、海南島での軍事訓練を前に、箱根でしばし休養をとった。そこで世話をしてくれた女性の一人に、アウンサンは淡い恋心を抱く。杉井氏に手助けしてもらって、こんなラブレターを書いた。

__________
エイコサマ エ

ワタシハ トオイクニカラ ニッポンエ マイリマシタ アナタネ(原文のまま)コトガ ワスレラレマセン ドウカ オマチクダサイ  オモタモンジ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 オモタモンジ(面田紋次)とは、アウンサンの日本名である。しかし、結局、彼はこのラブレターを渡すことはできなかった。20代半ばで、女性とのつきあいには不慣れだったし、何よりも心中には片時も忘れられない祖国独立への思いを抱いていたのである。


■7.「根性、勇気、それになによりも忍耐心」

 その後、27名の青年たちは、海南島にわたり、軍事訓練を受けた。ビルマ人にとって、銃などの近代兵器を手にするのは初めてだった。イギリス植民地政府はビルマ人の独立運動を警戒して、植民地軍のほとんどは、少数民族のみを採用していたからである。民族間の対立を巧みに利用して、植民地を支配するのが、英国流のやり方であった。

 軍事訓練の最初に、教官の中尉が、和英辞書を引きながら、英語でつっかえつっかえ訓示を行った。しかし、教官の言いたいことは、志士たちにはよく伝わった。

__________
 諸君が長旅をものともせずこの訓練所にやって来たのは、祖国独立のたたかいに加わるためである、みずからをなげうって祖国のために捧げようとする諸君の精神を、私は心から賞賛する。[3,p68]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 教官は続けて、独立の戦いに役立つのは、精神力、勇気、それに軍事的な技術と知識だとして、気力、勇気をも増進させることができるよう指導していく、と述べた。これを聞いた志士の一人は、こう思った。

__________
 教官は体格がよく、押し出しも堂々としていたし、声はよく通り、しかも私たちの愛国心をかきたてるような訓示であった。私たち一同は、心に火をつけられたかのように体中鳥肌が立つほどの興奮を覚えた。そして、独立闘争のために命を捧げる決意を新たにしたのであった。[3,p69]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 しかし、訓練の最初は、演習場の石ころやゴミ拾いばかりをさせられた。ようやく近代兵器を手に取れると思っていた志士たちはがっくりした。その様子を見たアウンサンは、兵舎の外に皆を呼び集めて、こう話しかけた。

__________
 われわれの支配者イギリス人たちは、自分たちの帝国は日が沈むことはないと豪語しているんだ。その大帝国を倒すのがわれわれの仕事だ。根性、勇気、それになによりも忍耐心がなければできないことじゃないか。

 今日の訓練は、われわれの根性と忍耐心を試したんだ。われわれビルマ人は、もともと根性のある民族じゃないか。こうして外国に来てもビルマ人のすばらしさを見せてやろうじゃないか。これぐらいのことでくじけるなよ。[1,p72]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

「そうだ、自分たちは根性を見せなければならないのだ」、そんな思いが志士たちの顔つきを変えた。


■8.ビルマ独立義勇軍の誕生

 1946年12月27日、軍事教練を終えたアウンサンらは、バンコクのビルマ人歯科医の家に集まった。タイ在住のビルマ人が200人ほども集まって、アウンサン一行を待ち構えた。すでに12月8日の日本軍の真珠湾攻撃によって、大東亜戦争が始まっていた。

 アウンサンは立ち上がって、聴衆に語りかけた。今までの反英独立闘争が失敗したのは近代的な軍事技術や武器がなかったこと、それを日本政府の援助で、手中にしたことを述べた。

「さあ、みなさん。祖国独立のために命を捧げる、この崇高なたたかいに加わろうではありませんか」とアウンサンが呼びかけると、「たたかうぞ!」「軍隊に入るぞ!」といった叫び声が会場を埋め尽くした。

 100人以上の人々が、ビルマ独立義勇軍の志願者名簿に名前を連ねた。それ以外の人々も、志願者募集、財務、留守家族保護などの仕事を手伝うことを約束した。その後、/