海軍大学校に入学し、在学中の大正4年に、牧野忠篤子爵の口添えで、旧長岡藩家老の家柄である山本家を相続し、以後「山本五十六」を名乗る」とされる。その後、「水雷学校での講義で将来の海軍は航空主兵となること、対米作戦では積極作戦をとりハワイを攻めるべきと発言、4ヵ月後に多段式空母「赤城」艦長。着艦に失敗しそうになった飛行機に山本艦長自ら飛びつき、山口多聞中佐らと共に飛行甲板から落ちるのを防いだほど、航空に全力を注いだ。
昭和4年11月、海軍少将に進級すると共にロンドン軍縮会議に次席随員として参加した。海軍随員であった山本と山口多聞中佐は軍縮案に強硬に反対、日本側代表は混乱している。結局、外交団代表は山本の意に反して軍縮条約に調印」する。そして兵学校同期生会(第32期)で「適任ではなかった」と予備交渉における苦悩を語り、失意の山本が海軍を辞めるという噂さえ流れたという。(元空将)
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◎奥山篤信の映画批評59
英国映画「善き人 GOOD」2008
~あなたたちに触れる者はわたしの目の瞳に触れる者だ ゼカリア書~
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英国のユダヤ人劇作家C・P・テイラーの「GOOD」はロンドン1981年やブロードウエイ1982年に演じられ、それを観た女流監督ヴィセンテ・アモリンが是非映画化したいと22年越しで版権を得たもの、同様舞台を観て感動した、「イースタン・プロミス」でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされたビゴ・モーテンセン主演で映画化されたものである。モーテンセンは今回の知性的な役柄以外にも成りあがり、労働者、マフィアなんでもこなせる名優である。
監督の執念が映画にも静かに熱っぽく表現されており、渋い作品だが理解者にはとても感動する映画である。ベルリンの大学でフランス文学を教えるジョン・ハルダーは、過去に気まぐれで書いた小説それは、不治の病にかかった妻を愛するが故に殺してしまう夫を描いたもので、当時不具者を社会から抹殺しようとするヒトラーの偽善に満ちた優性政策に合致し、ヒトラー自身に気に入られ、論文を書かされる羽目に陥った。そして、ナチ党員となるように圧力がかかり、不本意ながらナチスという悪魔の体制に組み込まれていく。かつて第一次大戦の戦友であったユダヤ人モーリスとの友情を失い、また家庭をも崩壊する教え子との不倫など、それは神を裏切る背信行為でもあった。あのユダヤ人迫害の1938年10月の「水晶の夜」が描かれている。フランス留学中のユダヤ人青年が在パリ・ドイツ大使館の一等書記官エルンスト・フォン・ラートを射殺しことを口実にナチスはドイツ国内でユダヤ人襲撃を行った。何千というユダヤ人商店、シナゴーグが焼き討ちにあい、道ばたに
散らばったガラスの破片が煌めく様から、「水晶の夜」という一見幻想的な名前が与えられた。
そしてSS名誉将校として出世していくが、良心としてユダヤ人絶滅収容所でハルダ?が目にしたものは・・・映画はあのアイヒマンも登場し、狂気のナチス政権で、その空気の呑まれ、“上官の命令”との名目で、普通の善良な人間が歯車の中で、人間性を失っていく姿を、静かに描き、そして暗示を残して終わる。
ここでナチスによるユダヤ人の迫害について、何故ユダヤ人がとの問いに対して<イエスがユダヤ人により磔刑とされた>からあるいは<キリスト教VSユダヤ教>などと単純な理由や図式が蔓延っている。そもそもイエスさらに聖ペトロ以下12使徒さらには聖パウロもユダヤ人であることを忘れてはならない。問題はそんな簡単なものではない。
さらに歴史修正主義者や民族主義者といわれる陣営が、このユダヤ人迫害を、世界の大虐殺であるスターリン、毛沢東、ポルポトによる虐殺のそれと比較し同列に置けるものとして相対化・矮小化する傾向がある。つまり近代化への大きな混乱や伝統的生活の破壊のなかでも反近代化の衝動のなかで捉える“超越”の概念として同レベルに置く。しかしことユダヤ人虐殺に限って、他のいかなる大量虐殺とも異なる点があることを、キリスト教やユダヤ教であろうとなかろうと世界史/
昭和4年11月、海軍少将に進級すると共にロンドン軍縮会議に次席随員として参加した。海軍随員であった山本と山口多聞中佐は軍縮案に強硬に反対、日本側代表は混乱している。結局、外交団代表は山本の意に反して軍縮条約に調印」する。そして兵学校同期生会(第32期)で「適任ではなかった」と予備交渉における苦悩を語り、失意の山本が海軍を辞めるという噂さえ流れたという。(元空将)
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◎奥山篤信の映画批評59
英国映画「善き人 GOOD」2008
~あなたたちに触れる者はわたしの目の瞳に触れる者だ ゼカリア書~
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英国のユダヤ人劇作家C・P・テイラーの「GOOD」はロンドン1981年やブロードウエイ1982年に演じられ、それを観た女流監督ヴィセンテ・アモリンが是非映画化したいと22年越しで版権を得たもの、同様舞台を観て感動した、「イースタン・プロミス」でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされたビゴ・モーテンセン主演で映画化されたものである。モーテンセンは今回の知性的な役柄以外にも成りあがり、労働者、マフィアなんでもこなせる名優である。
監督の執念が映画にも静かに熱っぽく表現されており、渋い作品だが理解者にはとても感動する映画である。ベルリンの大学でフランス文学を教えるジョン・ハルダーは、過去に気まぐれで書いた小説それは、不治の病にかかった妻を愛するが故に殺してしまう夫を描いたもので、当時不具者を社会から抹殺しようとするヒトラーの偽善に満ちた優性政策に合致し、ヒトラー自身に気に入られ、論文を書かされる羽目に陥った。そして、ナチ党員となるように圧力がかかり、不本意ながらナチスという悪魔の体制に組み込まれていく。かつて第一次大戦の戦友であったユダヤ人モーリスとの友情を失い、また家庭をも崩壊する教え子との不倫など、それは神を裏切る背信行為でもあった。あのユダヤ人迫害の1938年10月の「水晶の夜」が描かれている。フランス留学中のユダヤ人青年が在パリ・ドイツ大使館の一等書記官エルンスト・フォン・ラートを射殺しことを口実にナチスはドイツ国内でユダヤ人襲撃を行った。何千というユダヤ人商店、シナゴーグが焼き討ちにあい、道ばたに
散らばったガラスの破片が煌めく様から、「水晶の夜」という一見幻想的な名前が与えられた。
そしてSS名誉将校として出世していくが、良心としてユダヤ人絶滅収容所でハルダ?が目にしたものは・・・映画はあのアイヒマンも登場し、狂気のナチス政権で、その空気の呑まれ、“上官の命令”との名目で、普通の善良な人間が歯車の中で、人間性を失っていく姿を、静かに描き、そして暗示を残して終わる。
ここでナチスによるユダヤ人の迫害について、何故ユダヤ人がとの問いに対して<イエスがユダヤ人により磔刑とされた>からあるいは<キリスト教VSユダヤ教>などと単純な理由や図式が蔓延っている。そもそもイエスさらに聖ペトロ以下12使徒さらには聖パウロもユダヤ人であることを忘れてはならない。問題はそんな簡単なものではない。
さらに歴史修正主義者や民族主義者といわれる陣営が、このユダヤ人迫害を、世界の大虐殺であるスターリン、毛沢東、ポルポトによる虐殺のそれと比較し同列に置けるものとして相対化・矮小化する傾向がある。つまり近代化への大きな混乱や伝統的生活の破壊のなかでも反近代化の衝動のなかで捉える“超越”の概念として同レベルに置く。しかしことユダヤ人虐殺に限って、他のいかなる大量虐殺とも異なる点があることを、キリスト教やユダヤ教であろうとなかろうと世界史/