それから、司馬遼太郎氏は、我が国の連続性を意識するよりも、わざと我が国の歴史を切断させて、「坂の上の雲」の明治と「愚劣な軍国主義」の昭和を対比させたものだから、明治だけを描いて昭和は描けなかった。
 司馬遼太郎氏は、自分と友達と同世代の人が生きた昭和を、他国を観るような嫌な視線で、嫌なところだけを強調して貶めた。
 この観点から見れば、司馬さんの「明治という国家」とか「この国のかたち」などの自著の命名は鼻について仕方がない。

 門脇さんの、「陸軍玉砕編」の最後は、昭和二十年八月十五日以降のソビエト軍との戦いであった千島列島最北端の「占守島の激闘」を描いている。
 この戦闘は、敗戦後の日本軍が、島に艦砲射撃の後に上陸したソビエト軍を包囲殲滅する寸前まで追い詰めた完全な勝利であった。
 しかし、日本軍は、ソビエト軍を殲滅する前に自ら兵を納めて彼らの命を助けた。その日本軍がソビエトの捕虜になり、シベリアに送られて特に過酷な強制労働を強いられたのだ。
 そして、この占守島の激闘を指揮して勝利せしめた戦車隊の隊長こそ、戦車学校生徒だった司馬遼太郎氏を教えた教官であった。
 司馬さんが、作家なら、この自分の教官が敢闘して戦死した占守島の戦いを書くべきであった。描かないのは、昭和と軍隊を恨んでいたからだろう。

 とは言え、司馬遼太郎氏は、三島由紀夫の自決した翌日の毎日新聞朝刊第一面に、三島の死についての論考を載せている。
 これは、今でも通用する冷静で鋭い論考であった。この論考を自決の翌日の朝刊に載せたと言うことは、司馬さんは、自決当日から日の変わる午前零時の間に書いた、つまり、生首がころがっている時に書いた、ということである。
 これは、それまで、ある予感を以て三島の作品を読み三島の行動を凝視していたのでなければ書けない内容だった。
 ここに私が、司馬遼太郎を低劣だと言いながら、他方、又評価する所以がある。さすがに、新聞記者出身だ。

 とはいえ、司馬遼太郎氏の死後、奥さんが、産経新聞に「司馬さんのこと」という連載をしていたが、その題名といい、自分の亭主のことを、「司馬さん」と呼ぶ進歩的仕草といい、似た者夫婦とはよく言ったもので、鼻について一切読まなかった。

 「太平洋戦争 最後の証言」全三部作を第二部まで書いた門脇?将さんは、高齢になられた兵士の聞き取りを続けておられるが、その第一部の前書きで、「年を経るごとに『歴史』となりつつある太平洋戦争(大東亜戦争)について、いまジャーナリズムの最後の戦いが続いている」と書かれている。
 私は、この門脇さんの作業、「ジャーナリズムの最後の戦い」の成果を期待して待っている。
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◎奥山篤信 フランス映画「風にそよぐ草LES HERBES FOLLES」2009☆☆
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まだ存命かと驚くあの「去年マリエンバードで」のフランスの名匠アラン・レネ監督が、80歳半ばでの作品でカンヌ映画祭で審査員特別賞・特別功労賞を受賞した。

初老の男女間の関係を描いたこの映画はひょんなきっかけでひったくりにあった女性の財布を拾った初老の男性が、小型飛行機免許を持つ女性歯科医師に夢中になる。まさにストーカー的なこの男の行動に、次第に気になり始める女との、恋のかけひきを描く。
サビーヌ・アゼマとアンドレ・デュソリエが主演の男女を務め、マチュー・アマルリック、アンヌ・コンシニなど俳優陣が共演している。

美しい画像は流石アラン・レネであるが、初老の恋愛関係があまりにもレネの思いこみと老人にありがちな厭世感と嫉妬が感じられ、僕は嫌いな映画である。老人ゆえの素直さのない、老人の欠点だけが執念深く描き出されており、レネさんもう映画はおやめになったほうがよろしいと僕は思う。

ダスティン・ホフマンと エマ・トンプソンが奏でる「新しい人生のはじめかたLast Chance Harvey」2008年のアメリ/