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メールコラム「使える!ビジネス古典」
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■No.50■■
勢利粉華に近づきて而も染まらざる者
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
明治15年生まれの起業家で、東條内閣にも名を連ねた
東急グループの創始者、五島慶太は、
株買占めや企業乗っ取りなどの強引な経営手法から「強盗慶太」
の異名までもつ猛烈な経営者です。
しかし、彼が手がけた鉄道事業の成功などが、
後世にもたらした影響は決して小さくなく、
日本総中流意識時代の土台を築いた経営者のひとりと言えます。
70を超えてもなお、大手百貨店白木屋の買収に心血を注いだ
執念には驚くばかりですが、そんな五島が愛読していたのは、
意外にも、儒教・老荘思想・仏教などを総合した通俗的な
処世の警句集である『菜根譚(さいこんたん)』でした。
その入れ込み方は、自ら『ポケット菜根譚』という本を書いたほどです。
『菜根譚』は、明朝末期の洪応明(こうおうめい)の著作で、
三百六十項目から成る対句を多用した随筆です。
古来から中国ではあまり重視されませんでしたが、
江戸時代に日本に伝わると広く愛読され、
現在でも人気の高い中国古典書です。
また、この本は、名誉や利益を意味のないものとして、
無欲・枯淡の境地を理想としているのですが、
不思議なことに、そうした隠遁的な思考を持つ人よりも、
むしろ、損益や明利を無視出来ない世界に生きる、経営者や政治家に、
より好まれています。
タイトルにある「菜根」とは、文字通り、野菜の根っこや葉っぱ、
つまりは“粗食”のことで、そうした粗食による苦しい境遇を経た者だけが、
大事を成し遂げることができることを意味しています。
理想論に近い警句があるかと思えば、ずいぶん現実的で
セコささえ見えるような処世術もあり、矛盾をはらんだ本とも言えますが、
そもそも世の中というのは矛盾だらけなものなのですから、
それもまた、『菜根譚』が広く読まれている理由なのかもしれません。
勢利粉華(せいりふんか)は、近づかざる者を潔しとなし、
こらに近づきても而(しか)も染まらざる者を、もっとも潔しとなす。
智械機功(ちかいきこう)は、知らざる者を高しとなす。
これを知りて而も用いざる者を、もっとも高しとなす。
(前集四)
***解釈***
権勢や名利に近づこうとしない人は立派な人物である。
だが、それに近づいてもそれに毒されて染まらない人は、
もっと立派な人物である。
人をたぶらかす権謀術数(けんぼうじゅつすう)を知らない人は、
高尚な人物である。
だが、それを知りながらも使おうとしない人こそが、もっとも高潔な
人格者である。
********
権力や名声のある人に近づき、その恩恵にあずかったり、
その威光を借りて自身のビジネスの助けとしたいと思う人は大勢います。
もっとひどくなると、虎の威を借る狐よろしく、
他人の権力や名声をまるで自分のもののようにひけらかして
威張るような人さえいます。
そう考えれば、権力や名声に近づこうとしないことはなかなか難しく、
まして、近づいても染まらないというのは並大抵ではないでしょう。
『菜根譚』が書かれる千年前に、同じ事を指摘したのが、聖徳太子で、
『法華経』を伝え広める修験者が近づいてはいけないものを、こう挙げて
います。
国王や王子や大臣や官長に親近(しんこん)せざれ。
これは驕慢の縁なればなり)
『法華経義疏(ほけきょうぎしょ)』
***解釈***
国王や王子、大臣、役所の長官などには近づいてはいけない。
それらは自らが驕りたかぶる原因になるからだ
********
では、名利には近づかず、権謀術数も使わず自身を向上させるには、
どうすれば良いのかといえば、こうです。
耳中(じちゅう)、常に耳に逆らうの言を聞き、心中、常に心に払(もと)
るの事なれば、わずかにこれ徳を進み、行を修むるの砥石(しせき)なり。
もし言々耳を悦(よろこ)ばし、事々心に快ければ、すなわちこの生を
把(と)りて、鴆読(ちんどく)の中に埋在(まいざい)せしむるなり。
(前集五)
***解釈***
人間は、たえず耳に痛い忠告を聞き、思い通りにならない事があればこそ、
得行を磨く砥石となって、自分を向上させることができる。
これと反対に耳に心地よいことばかり聞かされ、思い通りになる事ばかり
であったなら、自分の人生を猛毒の中にひたしてしまって、少しも人生は
役に立たない。
********
人間だれしも、自分の意見に反対し、忠告をする人よりも、
自分の意見に同調し認めて褒めてくれるような人と
一緒に居たいと思うものです。
まして経営者ともなれば、どうしても、本心はどうであれ
表面的には同調して媚びへつらうような人物も、
周りに増えてくるでしょう。
しかし、甘言に囲まれ、自分にとって都合の良い事実しか
耳に入らないようなことになれば、会社が傾くのは時間の問題です。
事業が順調であるときこそ、名利に近づいてなお毒されないこと、
たえず耳に痛い忠告を聞くことを、忘れないでいたいものです。
そして、その心がけを持ったうえで、こう生きていきたいものです。
人生はもとこれ一傀儡(かいらい)。
ただ根帝(こんてい)の手にあるを要す。
一線乱れず、巻舒(けんじょ)自由、行止我にあり。
一毫(いちごう)も他人の提てつを受けざれば、
すなわちこの場中を超出せん。
(後集一二七)
***解釈***
人の一生は、操り人形の舞台と同じである。
操る糸をわが手にしっかりと握りしめておくことが肝心だ。
糸を巻くのも緩めるのも、また人形を前進・停止させるのも、
すべて自分の意志で行い、いささかも他人の言うなりに
ならないことである。
そうすれば人生の舞台で飛躍できるのだ
********
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明治15年生まれの起業家で、東條内閣にも名を連ねた
東急グループの創始者、五島慶太は、
株買占めや企業乗っ取りなどの強引な経営手法から「強盗慶太」
の異名までもつ猛烈な経営者です。
しかし、彼が手がけた鉄道事業の成功などが、
後世にもたらした影響は決して小さくなく、
日本総中流意識時代の土台を築いた経営者のひとりと言えます。
70を超えてもなお、大手百貨店白木屋の買収に心血を注いだ
執念には驚くばかりですが、そんな五島が愛読していたのは、
意外にも、儒教・老荘思想・仏教などを総合した通俗的な
処世の警句集である『菜根譚(さいこんたん)』でした。
その入れ込み方は、自ら『ポケット菜根譚』という本を書いたほどです。
『菜根譚』は、明朝末期の洪応明(こうおうめい)の著作で、
三百六十項目から成る対句を多用した随筆です。
古来から中国ではあまり重視されませんでしたが、
江戸時代に日本に伝わると広く愛読され、
現在でも人気の高い中国古典書です。
また、この本は、名誉や利益を意味のないものとして、
無欲・枯淡の境地を理想としているのですが、
不思議なことに、そうした隠遁的な思考を持つ人よりも、
むしろ、損益や明利を無視出来ない世界に生きる、経営者や政治家に、
より好まれています。
タイトルにある「菜根」とは、文字通り、野菜の根っこや葉っぱ、
つまりは“粗食”のことで、そうした粗食による苦しい境遇を経た者だけが、
大事を成し遂げることができることを意味しています。
理想論に近い警句があるかと思えば、ずいぶん現実的で
セコささえ見えるような処世術もあり、矛盾をはらんだ本とも言えますが、
そもそも世の中というのは矛盾だらけなものなのですから、
それもまた、『菜根譚』が広く読まれている理由なのかもしれません。
勢利粉華(せいりふんか)は、近づかざる者を潔しとなし、
こらに近づきても而(しか)も染まらざる者を、もっとも潔しとなす。
智械機功(ちかいきこう)は、知らざる者を高しとなす。
これを知りて而も用いざる者を、もっとも高しとなす。
(前集四)
***解釈***
権勢や名利に近づこうとしない人は立派な人物である。
だが、それに近づいてもそれに毒されて染まらない人は、
もっと立派な人物である。
人をたぶらかす権謀術数(けんぼうじゅつすう)を知らない人は、
高尚な人物である。
だが、それを知りながらも使おうとしない人こそが、もっとも高潔な
人格者である。
********
権力や名声のある人に近づき、その恩恵にあずかったり、
その威光を借りて自身のビジネスの助けとしたいと思う人は大勢います。
もっとひどくなると、虎の威を借る狐よろしく、
他人の権力や名声をまるで自分のもののようにひけらかして
威張るような人さえいます。
そう考えれば、権力や名声に近づこうとしないことはなかなか難しく、
まして、近づいても染まらないというのは並大抵ではないでしょう。
『菜根譚』が書かれる千年前に、同じ事を指摘したのが、聖徳太子で、
『法華経』を伝え広める修験者が近づいてはいけないものを、こう挙げて
います。
国王や王子や大臣や官長に親近(しんこん)せざれ。
これは驕慢の縁なればなり)
『法華経義疏(ほけきょうぎしょ)』
***解釈***
国王や王子、大臣、役所の長官などには近づいてはいけない。
それらは自らが驕りたかぶる原因になるからだ
********
では、名利には近づかず、権謀術数も使わず自身を向上させるには、
どうすれば良いのかといえば、こうです。
耳中(じちゅう)、常に耳に逆らうの言を聞き、心中、常に心に払(もと)
るの事なれば、わずかにこれ徳を進み、行を修むるの砥石(しせき)なり。
もし言々耳を悦(よろこ)ばし、事々心に快ければ、すなわちこの生を
把(と)りて、鴆読(ちんどく)の中に埋在(まいざい)せしむるなり。
(前集五)
***解釈***
人間は、たえず耳に痛い忠告を聞き、思い通りにならない事があればこそ、
得行を磨く砥石となって、自分を向上させることができる。
これと反対に耳に心地よいことばかり聞かされ、思い通りになる事ばかり
であったなら、自分の人生を猛毒の中にひたしてしまって、少しも人生は
役に立たない。
********
人間だれしも、自分の意見に反対し、忠告をする人よりも、
自分の意見に同調し認めて褒めてくれるような人と
一緒に居たいと思うものです。
まして経営者ともなれば、どうしても、本心はどうであれ
表面的には同調して媚びへつらうような人物も、
周りに増えてくるでしょう。
しかし、甘言に囲まれ、自分にとって都合の良い事実しか
耳に入らないようなことになれば、会社が傾くのは時間の問題です。
事業が順調であるときこそ、名利に近づいてなお毒されないこと、
たえず耳に痛い忠告を聞くことを、忘れないでいたいものです。
そして、その心がけを持ったうえで、こう生きていきたいものです。
人生はもとこれ一傀儡(かいらい)。
ただ根帝(こんてい)の手にあるを要す。
一線乱れず、巻舒(けんじょ)自由、行止我にあり。
一毫(いちごう)も他人の提てつを受けざれば、
すなわちこの場中を超出せん。
(後集一二七)
***解釈***
人の一生は、操り人形の舞台と同じである。
操る糸をわが手にしっかりと握りしめておくことが肝心だ。
糸を巻くのも緩めるのも、また人形を前進・停止させるのも、
すべて自分の意志で行い、いささかも他人の言うなりに
ならないことである。
そうすれば人生の舞台で飛躍できるのだ
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