■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
メールコラム「使える!ビジネス古典」
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■No.21■■
礼儀正しさと会社の未来
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
あなたの会社に、仕事はそこそこできるのだが、素行が良くないだとか、
仕事さえしていれば、挨拶などは二の次で良いと考えているような
社員はいないでしょうか?
また、あなた自身は、誰に対しても同様の礼儀正しさで、
接することができているでしょうか?
『論語』子路第十三19で、仁を問う樊遅(はんち)に孔子はこう答えて
います。
樊遅、仁を問う。子曰わく、居処は恭(きょう)に、事を執りて敬に、
人に与(まじわ)りて忠なること、夷狄(いてき)に之(ゆ)くと
雖(いえど)も、棄(す)つるべからざるなり。
***解釈***
弟子の樊遅が「仁とはどうすることですか?」と質問したときに、
こう言った。
「家にいるときには立ち居振る舞いをうやうやしくして、
物事を行うときには丁寧に行い、人との交際には誠実であることだ。
たとえ(野蛮な)外国に行っても捨ててはならないことだぞ」と。
**********
居処を国内、夷狄を外国とする解釈もあるようですが、いずれにしても、
どこであれ礼儀正しさを捨ててはいけない、と説いていることには
変わりありません。
どんな相手にで変わらず礼儀正しく振舞うことは、ビジネスにも直結します。
松下幸之助晩年の22年間、側で仕事をし、直接指導を受けたという
PHP研究所代表取締役副社長の江口克彦氏は、著書『王道の経営』の中で、
こんなふうに書いています。
「……初対面の若者に対して、女性に対して、 まるで部下のような馴々しい
言葉を使う。信じられないことに、中には挨拶、お礼すら言わない、いや、
言えない経営者がいる。それをそばで見ていると、この会社は危い、
駄目になる、きっと社内は殺伐としているだろうと感ずる。」
自分が重要と判断している相手と、そうでない相手に対して
傍目からもわかるくらい態度の違う経営者は、残念ながら確かにいます。
たった一言の挨拶からすばらしいご縁が始まることに、
気付くことができないのでしょう。
米国金融業界再編に貢献したジョン・アダムス元テキサス・コマース銀行
頭取は、
「誰に対しても熱い挨拶を続けていれば、どんどん人間として成長し、
人は評価してくれる。
嫌な相手まで、あなたのことを好きになり味方になってくれるよ」
と語ります。
もう一度、歴史に目を戻しましょう。
前202年、劉邦(りゅうほう)は、前漢を成立させ、中国で初めての、
農民出身の皇帝となりました。
農家の息子だった劉邦は、農業などそっちのけで、その辺の不良を集めて
ボスになり、その縁で、役人の末端に採用されますが、
下級役人として始皇帝の墓建設に駆り出された時、引率していた囚人が
逃亡したのに乗じて自らも逃亡し、強盗となってしまいます。
しかし、その後、仲間の不良を率いて反乱を企て、項羽(こうう)と争い、
天下を取ることになります。
そんな劉邦ですから、皇帝という地位についても、礼儀などあったものでは
ありません。
劉邦が、宮廷の儒学者を呼び付け、かぶっていた儒帽(じゅぼう)
を脱がせて、その中に放尿したというエピソードは有名です。
皇帝からしてこうであれば、その臣は推して知るべしです。
『史記』には、こんな記載があります。
__________________________________________________________________
群臣、酒を飲み、功を争い、酔えば或いは妄(みだ)りに呼び、
抜剣(ばっけん)して柱を撃つ。
__________________________________________________________________
乱暴な男たちが、飲んで大騒ぎをし、手柄話で言い争いになって、
柱を切りつけるような立ち回りをしている様子が目に浮かびます。
さすがの劉邦も家臣たちを見かねて、儒家の叔孫通(しゅくそんとう)
に相談を持ちかけます。
儒家は礼儀作法で人をおとなしくさせるというが、
こやつらをなんとかできないか?
すると、叔孫通は、
この人たちを訓練するには、三十人ほどの儒生が必要でしょう。
と、ちゃっかり30人の弟子を売り込みつつも、儒の礼を、きっちりと
粗野な朝廷に教え込みました。
すると、修復された長楽宮(ちょうらくきゅう)での朝賀(ちょうが)
の儀式は、粛々と進み、その後の酒宴でも、酔って暴れる者です、
劉邦もおおいに満足する結果となったのです。
そして、この結果に満足した劉邦は、こう言いました。
吾、すなわち今日(こんにち)、皇帝たるの貴きを知れり。
これがきっかけとなり、儒家は、諸子百家の中から抜きん出て、その後
朝廷で優遇されることとなるのですが……
劉邦が、その後400年続いた帝国漢の建設者として朝廷を仕切ることができた裏には、
儒の「礼」の力が関与していたのです。
もしも、劉邦を取り巻く人間たちが、礼を身につけないままの朝廷であった
ならば、中国の歴史もまた、変わっていたのではないでしょうか。
挨拶に始まる礼儀が、会社の未来を変えることを、再認識したいものです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ご意見・ご感想・メッセージ等はこちらからどうぞ。
https://www.mshonin.com/form/?id=210221277
ビジネス古典研究会
http://ameblo.jp/business-koten/
--------------------------------------------------------------------
このメールの受信停止を希望される方は、下記URLをクリックしてください。
http://www.MShonin.com/regist/rmlist.asp?sid=2102&cid=17400&mid=39209
画面上で「配信拒否」ボタンをクリックすると配信が停止されます。
※上記のURLが折り返して2行になっているときは、1行につなげてブラウ
ザに入力してアクセスしてください。
--------------------------------------------------------------------
メールコラム「使える!ビジネス古典」
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■No.21■■
礼儀正しさと会社の未来
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
あなたの会社に、仕事はそこそこできるのだが、素行が良くないだとか、
仕事さえしていれば、挨拶などは二の次で良いと考えているような
社員はいないでしょうか?
また、あなた自身は、誰に対しても同様の礼儀正しさで、
接することができているでしょうか?
『論語』子路第十三19で、仁を問う樊遅(はんち)に孔子はこう答えて
います。
樊遅、仁を問う。子曰わく、居処は恭(きょう)に、事を執りて敬に、
人に与(まじわ)りて忠なること、夷狄(いてき)に之(ゆ)くと
雖(いえど)も、棄(す)つるべからざるなり。
***解釈***
弟子の樊遅が「仁とはどうすることですか?」と質問したときに、
こう言った。
「家にいるときには立ち居振る舞いをうやうやしくして、
物事を行うときには丁寧に行い、人との交際には誠実であることだ。
たとえ(野蛮な)外国に行っても捨ててはならないことだぞ」と。
**********
居処を国内、夷狄を外国とする解釈もあるようですが、いずれにしても、
どこであれ礼儀正しさを捨ててはいけない、と説いていることには
変わりありません。
どんな相手にで変わらず礼儀正しく振舞うことは、ビジネスにも直結します。
松下幸之助晩年の22年間、側で仕事をし、直接指導を受けたという
PHP研究所代表取締役副社長の江口克彦氏は、著書『王道の経営』の中で、
こんなふうに書いています。
「……初対面の若者に対して、女性に対して、 まるで部下のような馴々しい
言葉を使う。信じられないことに、中には挨拶、お礼すら言わない、いや、
言えない経営者がいる。それをそばで見ていると、この会社は危い、
駄目になる、きっと社内は殺伐としているだろうと感ずる。」
自分が重要と判断している相手と、そうでない相手に対して
傍目からもわかるくらい態度の違う経営者は、残念ながら確かにいます。
たった一言の挨拶からすばらしいご縁が始まることに、
気付くことができないのでしょう。
米国金融業界再編に貢献したジョン・アダムス元テキサス・コマース銀行
頭取は、
「誰に対しても熱い挨拶を続けていれば、どんどん人間として成長し、
人は評価してくれる。
嫌な相手まで、あなたのことを好きになり味方になってくれるよ」
と語ります。
もう一度、歴史に目を戻しましょう。
前202年、劉邦(りゅうほう)は、前漢を成立させ、中国で初めての、
農民出身の皇帝となりました。
農家の息子だった劉邦は、農業などそっちのけで、その辺の不良を集めて
ボスになり、その縁で、役人の末端に採用されますが、
下級役人として始皇帝の墓建設に駆り出された時、引率していた囚人が
逃亡したのに乗じて自らも逃亡し、強盗となってしまいます。
しかし、その後、仲間の不良を率いて反乱を企て、項羽(こうう)と争い、
天下を取ることになります。
そんな劉邦ですから、皇帝という地位についても、礼儀などあったものでは
ありません。
劉邦が、宮廷の儒学者を呼び付け、かぶっていた儒帽(じゅぼう)
を脱がせて、その中に放尿したというエピソードは有名です。
皇帝からしてこうであれば、その臣は推して知るべしです。
『史記』には、こんな記載があります。
__________________________________________________________________
群臣、酒を飲み、功を争い、酔えば或いは妄(みだ)りに呼び、
抜剣(ばっけん)して柱を撃つ。
__________________________________________________________________
乱暴な男たちが、飲んで大騒ぎをし、手柄話で言い争いになって、
柱を切りつけるような立ち回りをしている様子が目に浮かびます。
さすがの劉邦も家臣たちを見かねて、儒家の叔孫通(しゅくそんとう)
に相談を持ちかけます。
儒家は礼儀作法で人をおとなしくさせるというが、
こやつらをなんとかできないか?
すると、叔孫通は、
この人たちを訓練するには、三十人ほどの儒生が必要でしょう。
と、ちゃっかり30人の弟子を売り込みつつも、儒の礼を、きっちりと
粗野な朝廷に教え込みました。
すると、修復された長楽宮(ちょうらくきゅう)での朝賀(ちょうが)
の儀式は、粛々と進み、その後の酒宴でも、酔って暴れる者です、
劉邦もおおいに満足する結果となったのです。
そして、この結果に満足した劉邦は、こう言いました。
吾、すなわち今日(こんにち)、皇帝たるの貴きを知れり。
これがきっかけとなり、儒家は、諸子百家の中から抜きん出て、その後
朝廷で優遇されることとなるのですが……
劉邦が、その後400年続いた帝国漢の建設者として朝廷を仕切ることができた裏には、
儒の「礼」の力が関与していたのです。
もしも、劉邦を取り巻く人間たちが、礼を身につけないままの朝廷であった
ならば、中国の歴史もまた、変わっていたのではないでしょうか。
挨拶に始まる礼儀が、会社の未来を変えることを、再認識したいものです。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ご意見・ご感想・メッセージ等はこちらからどうぞ。
https://www.mshonin.com/form/?id=210221277
ビジネス古典研究会
http://ameblo.jp/business-koten/
--------------------------------------------------------------------
このメールの受信停止を希望される方は、下記URLをクリックしてください。
http://www.MShonin.com/regist/rmlist.asp?sid=2102&cid=17400&mid=39209
画面上で「配信拒否」ボタンをクリックすると配信が停止されます。
※上記のURLが折り返して2行になっているときは、1行につなげてブラウ
ザに入力してアクセスしてください。
--------------------------------------------------------------------