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メールコラム「使える!ビジネス古典」
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■No.15■■
よく効く古典の学び方
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
コラムメール初回の記事で、論語を愛読する経営者のひとりとして、
野村証券、ソフトバンクを経てSBIホールディングスCEOに就いた
北尾吉孝氏をご紹介しました。
論語だけにとどまらず、中国古典に広く精通されている北尾氏は、
中国古典から学ぶための3カ条を、以下のように語っています。
1.1ページ目から読まない。片言隻句(へんげんせきく)を頭に入れる。
2.繰り返し読み、日常生活に取り入れる。
3.『論語』だけでなく、四書五経を併せて学ぶ。
中国語、日本語、英語で書かれた『論語』を常に身近に置いている北尾氏は、
論語を論語として1ページ目から順に読んでみても何の役にも立たない。
それよりも、短いフレーズの片言隻句(=ほんのちょっとした言葉)を
頭に入れ、いざというときに必要な言葉をパッと思いだして使っていくこと
こそ重要だと言っています。
私も、このコラムでは、四書五経を1冊ずつ、頭から順に取り出して
その内容を解説するようなことはせず、あえてランダムに取り上げて、
さまざまな関連事項とともにご紹介することに、意味があると考えています。
また、北尾氏も『論語』だけでなく、四書五経を併せて学ぶことを
推奨していますが、これは、実際に論語やその他の中国古典を手にとり、
読み始めた方であれば、外から言われるまでもなくその必要性を感じられて
いることと思います。
では、四書五経を学ぶ時には目についた書を行き当たりばったりに読んで
いけばそれでいいのかといえば、そういうわけでもありません。
『大学』の大学章句には、四書を学ぶべき順序を示した文章があります。
子程子(していし)曰く、大学は孔子の遺書にして、
初学の徳に入るの門なり。
今に於て古人の学を為(おさ)むる次第を見る可(べ)き者は、
濁(ひと)り此の篇の存するに・(よ)る。
而(しか)して論・孟之に次ぐ。
学者必ず之に由(よ)りて学べば、則ち、其の差(たが)はざるに
庶(ちか)からん、と。
***解釈***
程(てい)先生(※1)がおっしゃるには、『大学』は孔子の
遺書であって、学び始めたばかりの人が徳に入るための門である。
現在、昔の人が学問を修める順序を見ることができるのは、ただこの篇
が存在することによる。
そして、『論語』と『孟子』がこれに次ぐ。
学ぶものが必ず之に従って学べば、ほとんど間違いはないであろう。
**********
(※1)程明道(ていめいどう)・程伊川(ていいせん)の兄弟を指す。
朱子は、二程の説を区別せずに、同じ師説として扱っている。
ここで示されている四書を学ぶ順序
『大学』→『論語』→『孟子』→『中庸』
は、朱子学において厳格に守られていました。
では、ここで、学び始めたばかりの人が徳に入るための門とされている
『大学』とはどのような書物なのかを、少し見ておきましょう。
大学章句序には、『大学』がどのような本なのかが
ちゃんと記されています。
大学なる書は、古(いにしへ)の大学にて、人を教うる所以の法なり。
***解釈***
『大学』という書物は、古代の大学で人を教育した方法を
記したものである。
**********
四書のひとつに数えられる『大学』は、もともと五経の1つである
『礼記』の中の一篇でした。
それがさまざまな経過の中で、独立したものとして扱われ、
尊ばれるようになりました。
ですから、『大学』を説明するためには、まず、『礼記』について
知る必要があります。
『礼記』は文字通り、「礼の記録」の意味で、「礼」とは、天下国家の
制度規則から、神を祭る儀式作法、人々が日常生活で守るべき決まりごと
まで、さまざまなことがらを総称しています。
孔子が重視した「礼」についての記録などの書物を中心に、さまざまに
伝えられたものをもととして、紀元前1世紀頃(前漢中期から末期)に、
戴徳(たいとく)と戴聖(たいせい)の二人が、各々の例の記録をまとめた
書物を作りました。
戴徳が編集したものは、『大戴礼記(だたいらいき)』、
戴聖の編集によるものは、『小戴礼記』と呼ばれました。
これらは礼に関する基準の書物となり、後漢に入ると、『小戴礼記』が
基準とされるようになりました。
これが、現在の『礼記』です。
『礼記』は、戴聖がさまざまな書物の中から集めて編集したものです。
元となるそれぞれの書物については殆どわからず、大学篇も、
その成立年代や作者などは分からないまま、単に『礼記』の一篇として
読まれてきました。
ずっと時代が下って宋の時代(960~1279年)になると、
朱子がこれに注釈をつけ、儒教の経典として重要視されるようになります。
『礼記』の中の「大学篇」が、重要な書物として独立するにあたって、
重要な役割をしたのが、先の言葉にも出てきた、程明道(ていめいどう)と
程伊川(ていいせん)の兄弟です。
程兄弟は『礼記』の大学篇について、そのままでは文の意味が通りにくく、
錯簡(文の一部が無くなったり、文章の順序や文章の一部が入れ替わったり
すること)があると考え、それらを整理して、『礼記』の大学篇とは異なる
テキストを作りました。
南宋の朱子は、その二程子のテキスト校訂を受け継いで新しいテキストを
作り、その上で大学篇を「経」と「伝」に分け、伝を十章に分けました。
これが『大学章句』で、それ以降、朱子学ではこのテキストが尊ばれ、
いわゆる四書五経という場合の、四書の『大学』は、このテキストを
指すようになりました。
この辺りの事情だけを見ても、四書を学ぶ順序はどうあれ、
四書五経のどれか一冊だけを取り上げて読んだだけでは、
どうしても理解が浅くなってしまうことを実感しますね。
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北尾吉孝氏をご紹介しました。
論語だけにとどまらず、中国古典に広く精通されている北尾氏は、
中国古典から学ぶための3カ条を、以下のように語っています。
1.1ページ目から読まない。片言隻句(へんげんせきく)を頭に入れる。
2.繰り返し読み、日常生活に取り入れる。
3.『論語』だけでなく、四書五経を併せて学ぶ。
中国語、日本語、英語で書かれた『論語』を常に身近に置いている北尾氏は、
論語を論語として1ページ目から順に読んでみても何の役にも立たない。
それよりも、短いフレーズの片言隻句(=ほんのちょっとした言葉)を
頭に入れ、いざというときに必要な言葉をパッと思いだして使っていくこと
こそ重要だと言っています。
私も、このコラムでは、四書五経を1冊ずつ、頭から順に取り出して
その内容を解説するようなことはせず、あえてランダムに取り上げて、
さまざまな関連事項とともにご紹介することに、意味があると考えています。
また、北尾氏も『論語』だけでなく、四書五経を併せて学ぶことを
推奨していますが、これは、実際に論語やその他の中国古典を手にとり、
読み始めた方であれば、外から言われるまでもなくその必要性を感じられて
いることと思います。
では、四書五経を学ぶ時には目についた書を行き当たりばったりに読んで
いけばそれでいいのかといえば、そういうわけでもありません。
『大学』の大学章句には、四書を学ぶべき順序を示した文章があります。
子程子(していし)曰く、大学は孔子の遺書にして、
初学の徳に入るの門なり。
今に於て古人の学を為(おさ)むる次第を見る可(べ)き者は、
濁(ひと)り此の篇の存するに・(よ)る。
而(しか)して論・孟之に次ぐ。
学者必ず之に由(よ)りて学べば、則ち、其の差(たが)はざるに
庶(ちか)からん、と。
***解釈***
程(てい)先生(※1)がおっしゃるには、『大学』は孔子の
遺書であって、学び始めたばかりの人が徳に入るための門である。
現在、昔の人が学問を修める順序を見ることができるのは、ただこの篇
が存在することによる。
そして、『論語』と『孟子』がこれに次ぐ。
学ぶものが必ず之に従って学べば、ほとんど間違いはないであろう。
**********
(※1)程明道(ていめいどう)・程伊川(ていいせん)の兄弟を指す。
朱子は、二程の説を区別せずに、同じ師説として扱っている。
ここで示されている四書を学ぶ順序
『大学』→『論語』→『孟子』→『中庸』
は、朱子学において厳格に守られていました。
では、ここで、学び始めたばかりの人が徳に入るための門とされている
『大学』とはどのような書物なのかを、少し見ておきましょう。
大学章句序には、『大学』がどのような本なのかが
ちゃんと記されています。
大学なる書は、古(いにしへ)の大学にて、人を教うる所以の法なり。
***解釈***
『大学』という書物は、古代の大学で人を教育した方法を
記したものである。
**********
四書のひとつに数えられる『大学』は、もともと五経の1つである
『礼記』の中の一篇でした。
それがさまざまな経過の中で、独立したものとして扱われ、
尊ばれるようになりました。
ですから、『大学』を説明するためには、まず、『礼記』について
知る必要があります。
『礼記』は文字通り、「礼の記録」の意味で、「礼」とは、天下国家の
制度規則から、神を祭る儀式作法、人々が日常生活で守るべき決まりごと
まで、さまざまなことがらを総称しています。
孔子が重視した「礼」についての記録などの書物を中心に、さまざまに
伝えられたものをもととして、紀元前1世紀頃(前漢中期から末期)に、
戴徳(たいとく)と戴聖(たいせい)の二人が、各々の例の記録をまとめた
書物を作りました。
戴徳が編集したものは、『大戴礼記(だたいらいき)』、
戴聖の編集によるものは、『小戴礼記』と呼ばれました。
これらは礼に関する基準の書物となり、後漢に入ると、『小戴礼記』が
基準とされるようになりました。
これが、現在の『礼記』です。
『礼記』は、戴聖がさまざまな書物の中から集めて編集したものです。
元となるそれぞれの書物については殆どわからず、大学篇も、
その成立年代や作者などは分からないまま、単に『礼記』の一篇として
読まれてきました。
ずっと時代が下って宋の時代(960~1279年)になると、
朱子がこれに注釈をつけ、儒教の経典として重要視されるようになります。
『礼記』の中の「大学篇」が、重要な書物として独立するにあたって、
重要な役割をしたのが、先の言葉にも出てきた、程明道(ていめいどう)と
程伊川(ていいせん)の兄弟です。
程兄弟は『礼記』の大学篇について、そのままでは文の意味が通りにくく、
錯簡(文の一部が無くなったり、文章の順序や文章の一部が入れ替わったり
すること)があると考え、それらを整理して、『礼記』の大学篇とは異なる
テキストを作りました。
南宋の朱子は、その二程子のテキスト校訂を受け継いで新しいテキストを
作り、その上で大学篇を「経」と「伝」に分け、伝を十章に分けました。
これが『大学章句』で、それ以降、朱子学ではこのテキストが尊ばれ、
いわゆる四書五経という場合の、四書の『大学』は、このテキストを
指すようになりました。
この辺りの事情だけを見ても、四書を学ぶ順序はどうあれ、
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どうしても理解が浅くなってしまうことを実感しますね。
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