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メールコラム「使える!ビジネス古典」
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■No.14■■
壁にぶつかった時には……
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一生懸命やっているのに上手くいかない。
努力しても努力しても結果がついてこない。
どんなに有能な人であっても、人生にはそんな時期が必ずあります。
ビジネスにおいてももちろん同じで、自分自身は最大限の努力を
しているつもりであっても、すぐさま良い結果に結びつくわけでは
ありません。
しかし、孟子は、その努力は決して無駄ではないこと、また、
そういう状況にあってこそ、腐らず、自分の信じた事柄を熱心に
やり続けるべきであることを説いています。
『孟子』告子章句下篇にある次の文章は、『孟子』全篇の中でも、
極めて格調が高く、白眉の一章と言えるでしょう。
逆境にある人を心の底から励ますこの文章を幕末の志士、
佐久間象山(※1)や、吉田松陰も愛唱したといいます。
(※1)思想家として幕末に公武合体による開国論を唱えた人物。
嘉永三年(1850)、江戸で、海船書屋を開き、勝海舟、
坂本龍馬、吉田松陰らが門弟となっている。
嘉永六年(1853年)黒船来航の際には即座に現地を視察し、
九代藩主幸教に江戸警護を松代藩が進んで受け持つよう進言。
翌年再び黒船が来航すると、幸教は江戸詰家老を総督に、
象山を軍議役に任命して出兵させた。
安政元年(1854)、門人の吉田松陰が黒船で海外渡航を企てた
ことが発覚。扇動した罪でとらえられた。
松陰は、著書、『講孟余話』の中で、こう書いています。
「余が罪ありて江戸獄に繋(つなが)るるや、吾師平象山(佐久間)も
亦連逮せらる。時に余と一版牆(いちはんしょう=一枚の板壁)を
隔てて居る。獄中四書一本あり。象山日夜孟子を誦読す。
独り此章を取り一日必ず一誦す。」
では、幕末の志士をも奮い立たせた孟子の名文をじっくりと
味わってみてください。
孟子曰く、舜(しゅん)は、けん畝(ぽ)の中(うち)より発(おこ)り、
傅説(ふえつ)は、版築(はんちく)の間より挙げられ、膠鬲(こうかく)
は魚塩(ぎょえん)の中より挙げられ、管夷吾(かんいご)は士より
挙げられ、孫叔敖(そんしゅくごう)は、海より挙げられ、
敖(ひゃくりけい)は市より挙げらる。
故に天の将(まさ)に大任(たいにん)を是(こ)の人に降(くだ)さんと
するや、必ず先ず其の心志(しんし)を苦しめ、其の筋骨を労せしめ、
其の体膚(たいふ)を餓えしめ、其の身を空乏(くうぼう)にし、
行うところ其の為さんとする所に払乱(ふつらん)せしむ。
心を動かし性を忍ばせ、其の能(よ)くせざる所を曽益(ぞうえき)
せしむる所以なり。
人恒(つね)に過(あやま)ちて、然る後に能く改め、心に困(くる)しみ、
慮(おもんぱかり)に衡(よこた)わって、而(しか)る後に作(おこ)り、
色に徴(あらわ)れ、声に発して、而る後に喩(さと)る。
入りては則(すなわ)ち法家・払士(ひっし)無く、出(い)でては
則ち、敵国・外患(がいかん)無き者は、国恒に亡(ほろ)ぶ。
然る後に、憂患(ゆうかん)に生じて、安楽に死することを知るなり、と。
***解釈***
孟子は言った。
「古代の聖王、舜は田んぼの中(農夫)から身を起こして天子になり、
殷国の武丁の賢臣、傅説 は道路工事の人足から取り立てられて宰相になり、
紂王(ちゅうおう)に仕えた賢臣・膠鬲は魚や塩の行商をしていたところ
から抜擢され、斉国の名宰相・管仲は囚人であったのを救われて取り立て
られ、楚国の宰相・孫叔敖は、海辺に隠れ住んでいたのを見出され、
秦の名臣・敖は、市井の間から取り立てられた。
古代のこれらの例から見ても、天がこの人に大きな任務を与えようとする
時は、必ずまず最初にこの人の精神を苦しませ、その筋骨が疲れるほど
働かせ、さらにその生活を窮乏させ、その人の行動が思い通りにいかない
ように仕向けるものなのだ。
これは、その人を発奮させ、その人の本性を忍耐強いものにし、今まで
できなかったこともできるように鍛錬するためだ。
人というものは、過ちを犯して始めて改めることができ、心に苦しみを
思い余って初めて発奮し、悩みや苦しみが顔や声に表れるほどになって
はじめて悟るものである。国家においても同じことで、内には法度を守る
家臣や君主を助ける堅臣がなく、外には敵対する国や侵略勢力の脅威
もないような国は、たいてい安逸に流れ滅んでしまうものである。
こうしてみると、憂患に苦しむことによって始めて人は真に生き抜き、
安楽に流されて初めて滅びるということがわかる。
**********
いかがでしょうか。
今はさらりと読み流してしまえる方も、壁にぶつかり、
心が折れそうになった時にもう一度読み返してみれば、
はこの文章の言葉のひとつひとつが、胸に突き刺さるように感じられ、
心を強く励ましてくれるに違いありません。
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どんなに有能な人であっても、人生にはそんな時期が必ずあります。
ビジネスにおいてももちろん同じで、自分自身は最大限の努力を
しているつもりであっても、すぐさま良い結果に結びつくわけでは
ありません。
しかし、孟子は、その努力は決して無駄ではないこと、また、
そういう状況にあってこそ、腐らず、自分の信じた事柄を熱心に
やり続けるべきであることを説いています。
『孟子』告子章句下篇にある次の文章は、『孟子』全篇の中でも、
極めて格調が高く、白眉の一章と言えるでしょう。
逆境にある人を心の底から励ますこの文章を幕末の志士、
佐久間象山(※1)や、吉田松陰も愛唱したといいます。
(※1)思想家として幕末に公武合体による開国論を唱えた人物。
嘉永三年(1850)、江戸で、海船書屋を開き、勝海舟、
坂本龍馬、吉田松陰らが門弟となっている。
嘉永六年(1853年)黒船来航の際には即座に現地を視察し、
九代藩主幸教に江戸警護を松代藩が進んで受け持つよう進言。
翌年再び黒船が来航すると、幸教は江戸詰家老を総督に、
象山を軍議役に任命して出兵させた。
安政元年(1854)、門人の吉田松陰が黒船で海外渡航を企てた
ことが発覚。扇動した罪でとらえられた。
松陰は、著書、『講孟余話』の中で、こう書いています。
「余が罪ありて江戸獄に繋(つなが)るるや、吾師平象山(佐久間)も
亦連逮せらる。時に余と一版牆(いちはんしょう=一枚の板壁)を
隔てて居る。獄中四書一本あり。象山日夜孟子を誦読す。
独り此章を取り一日必ず一誦す。」
では、幕末の志士をも奮い立たせた孟子の名文をじっくりと
味わってみてください。
孟子曰く、舜(しゅん)は、けん畝(ぽ)の中(うち)より発(おこ)り、
傅説(ふえつ)は、版築(はんちく)の間より挙げられ、膠鬲(こうかく)
は魚塩(ぎょえん)の中より挙げられ、管夷吾(かんいご)は士より
挙げられ、孫叔敖(そんしゅくごう)は、海より挙げられ、
敖(ひゃくりけい)は市より挙げらる。
故に天の将(まさ)に大任(たいにん)を是(こ)の人に降(くだ)さんと
するや、必ず先ず其の心志(しんし)を苦しめ、其の筋骨を労せしめ、
其の体膚(たいふ)を餓えしめ、其の身を空乏(くうぼう)にし、
行うところ其の為さんとする所に払乱(ふつらん)せしむ。
心を動かし性を忍ばせ、其の能(よ)くせざる所を曽益(ぞうえき)
せしむる所以なり。
人恒(つね)に過(あやま)ちて、然る後に能く改め、心に困(くる)しみ、
慮(おもんぱかり)に衡(よこた)わって、而(しか)る後に作(おこ)り、
色に徴(あらわ)れ、声に発して、而る後に喩(さと)る。
入りては則(すなわ)ち法家・払士(ひっし)無く、出(い)でては
則ち、敵国・外患(がいかん)無き者は、国恒に亡(ほろ)ぶ。
然る後に、憂患(ゆうかん)に生じて、安楽に死することを知るなり、と。
***解釈***
孟子は言った。
「古代の聖王、舜は田んぼの中(農夫)から身を起こして天子になり、
殷国の武丁の賢臣、傅説 は道路工事の人足から取り立てられて宰相になり、
紂王(ちゅうおう)に仕えた賢臣・膠鬲は魚や塩の行商をしていたところ
から抜擢され、斉国の名宰相・管仲は囚人であったのを救われて取り立て
られ、楚国の宰相・孫叔敖は、海辺に隠れ住んでいたのを見出され、
秦の名臣・敖は、市井の間から取り立てられた。
古代のこれらの例から見ても、天がこの人に大きな任務を与えようとする
時は、必ずまず最初にこの人の精神を苦しませ、その筋骨が疲れるほど
働かせ、さらにその生活を窮乏させ、その人の行動が思い通りにいかない
ように仕向けるものなのだ。
これは、その人を発奮させ、その人の本性を忍耐強いものにし、今まで
できなかったこともできるように鍛錬するためだ。
人というものは、過ちを犯して始めて改めることができ、心に苦しみを
思い余って初めて発奮し、悩みや苦しみが顔や声に表れるほどになって
はじめて悟るものである。国家においても同じことで、内には法度を守る
家臣や君主を助ける堅臣がなく、外には敵対する国や侵略勢力の脅威
もないような国は、たいてい安逸に流れ滅んでしまうものである。
こうしてみると、憂患に苦しむことによって始めて人は真に生き抜き、
安楽に流されて初めて滅びるということがわかる。
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いかがでしょうか。
今はさらりと読み流してしまえる方も、壁にぶつかり、
心が折れそうになった時にもう一度読み返してみれば、
はこの文章の言葉のひとつひとつが、胸に突き刺さるように感じられ、
心を強く励ましてくれるに違いありません。
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