★渡部由輝「数学者が見た戦争」シリーズ第一弾★
『数学者が見た 二本松戦争─武士道の精髄を尽くした戦い─』
著:渡部由輝
四六判並製・244ページ
発行:並木書房
定価1680円(税込)
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『軍事情報別冊 「戦う日本人の兵法 闘戦経(7)」』
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◇◆◇ 発行講読者数:10,895名/平成23年(2011年)10月7日(金)発行 ◇◆◇
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● 戦う日本人の兵法 闘戦経(7) ~鼓頭に仁義無く、刃先に常理無し~
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▽ごあいさつに代えて ~桶狭間合戦の真実~
日本兵法研究会の家村です。昨日(10月3日)とある雑誌の日露戦争特集に掲載され
る対談記事で、漫画家の江川達也氏と3時間ほど話し合う機会を得ることができまし
た。対談のテーマは日露戦争に関してでしたが、話は日清・日露を超えて満州事変・支
那事変や古戦史にまで及び、大変有意義な時間を過ごすことができました。
「日露戦争を国家総動員戦の始まりと捉えることができるか?」との江川氏の問いか
けに対し、私は「日露戦争とは、国家総動員戦以前の、すなわちナポレオンに始まる
近世後期型の大規模な地上会戦を伴う戦争の集大成である。」との持論を述べました。
この「地上会戦」までは、砲兵と歩兵が戦場の主役でした。その後、第一次世界大戦
で戦場に航空機と戦車が登場してから戦争の様相は一変します。航空機と戦車・装甲車
が本格的に投入された第二次世界大戦で、戦場はますます広域化し、立体化します。
これら新たな戦場の主役たちは、その損耗も激しく、各参戦国は国をあげてこれらの開
発と生産にあたることになります。この航空機や戦車の「生産力」の優劣が、戦場での
勝敗、さらには戦争そのものの勝敗を大きく左右し始めたことから、世界は国家総動員
体制とならざるを得ない時代に突入しました。
しかし、この物理的な国家総動員戦も核ミサイルの現出と、その均衡の上に成り立っ
た冷戦、そしてベトナム戦争に見られたゲリラ戦、思想戦などにより徐々にその形を変
えていくことになります。今や、衛星や高精度レーダーで敵の位置を正確に捉え、精密
誘導兵器がその目標(ターゲット)に百発百中する時代となり、一方ではサイバー攻撃
で敵国の中枢機能を瞬時に麻痺させることも可能になりました。さらには、政治戦、
外交戦、経済戦、法律戦なども複合的に行われる「超限戦」の時代です。これを石原莞
爾が「戦争史大観」で述べていた「4次元の世界」で戦う時代ということもできるかも
しれません。そして、この戦いにおける勝敗の秘訣は「敵に心を奪われないこと」で
す。
さて、話は変わりますが、対談した江川達也氏が今年出版された漫画本に「~織田信
長物語~桶狭間合戦の真実」(リイド社)があります。奇襲か?急襲か?未だに戦国史
上の謎に包まれた桶狭間合戦ですが、江川氏は、戦国期の武将・太田牛一によって記さ
れた織田信長の一代記『信長公記(しんちょうこうき)』の首巻「今川義元討死の事」
の合戦部分を、原文に忠実に漫画で再現しました。もちろん、江川氏は自ら現地を踏破
して地形的にも間違いないとの確信を持たれたそうです。
雨を突いて山中から回り込み、奇襲的に義元を討ったというこれまでの通説を覆し、
深田の一本道に今川の大軍を誘い込んで、先端でぶつかり合う将兵たちの奮戦力闘で一
本道の今川軍を押し返し、さらに圧倒してパニック状態に追い込み、果敢な追撃の果て
に義元を討ち取った。江川氏は漫画という手法を用いて、この信長の天才的な戦術・戦
法を見事なまでに解説しています。そして、実際に信長の家臣としてこの戦いに従軍し
た人物が書き残した唯一の書『信長公記』にこそ、桶狭間合戦の「真実」が記されて
おり、それ以外の書物を読んでもしょうがないとさえ言い切っています。
兵法を学ぶ上で大変ためになる、お勧めの一冊です。
さて、それでは本題の「闘戦経」に入りましょう。今回は、敵と戦闘を交えたときの
心得、同時に複数の敵にあたる際の鉄則などについて解説いたします。
(平成23年10月4日記す)
▼遠を制するは近よりすべし
先づ脚下の蛇を断ち、而して重ねて山中の虎を制すべし。
(闘戦経 第三十七章)
己れの身に近い脚下に小さいながらも毒を有する蛇がおり、それよりは遠い山中には
大敵たる虎がいる場合、蛇と虎もいずれも処断すべき敵であるが、ここではその前後の
優先順位、すなわち「遠を制するは近よりすべきこと」を明らかにしている。
同時に複数の脅威に対処するときには、「最も危険な敵」、あるいは「斃すのが容易
な敵」を優先して斃していくことが鉄則である。したがってこの場合、脚下で咬みつこ
うとする蛇の脅威を先ず断ち切った後に、山中の大敵である虎を制すべきなのである。
蛇の脅威は急迫しており、これに対して山中の虎には多少なりとも対応に時間的な余
裕がある。この時点で「最も危険な敵」は蛇である。一方で虎に比べて蛇ははるかに小
さく、一撃で潰してしまうのも不可能ではない。「斃すのが容易な敵」である。したが
って、迷うことなく蛇を一撃で倒し、その脅威を先ず断ち切っておかねばならない。
しかしながら、脚下の蛇よりもっと大きな敵が我が身の近くにある。それは内心にわ
だかまる恐怖心である。この内心の敵である恐怖心に打ち剋つことが何よりも先決であ
る。恐怖心に駆られて心身が硬直すれば、小さな蛇といえども一撃で斃すことはでき
ず、逆に足を咬まれることになる。たとえ咬まれることはなくとも、蛇を斃すのに多く
の時間をかけてしまうと、闘って疲弊しているところに大敵である虎が現れるという
最大の危機的状況に陥ることにもなりかねない。したがって恐怖心を払拭して闘うこと
を恐れず、蛇に劣らぬ一心と一気で速やかに決着をつけなければならない。
虎のような大きな脅威でも、我が身から離れている間はあわてる必要はない。時間の
余裕を得て充分に準備し、その弱点を解明し、安全確実にこれに迫って最終的に斃すこ
とができれはよい。先ずは身近な脅威を取り除き、重ねて外方、遠方のより大きな脅威
に対処するのが正しい順序である。この際の「重ねて」という意味は特に重要である。
当面の小敵を倒して一難を除いても、それに安心して気を緩めることなく、重ねて進
み、主敵を斃してその大患を截断しなければならないのである。
これらを国として捉えれば、却下の蛇は佞奸邪曲の内臣であり、山中の虎は外敵を意
味する。外から迫り来る敵を制するには、先ず邪臣を倒して内なる禍患害悪を断ち、し
かる後、重ねてその他の脅威を排除すべきである。こうして国家が安穏に治まるように
させるものこそが、『武』の務めである。
▼戦場には仁義も常理も無い
鼓頭に仁義無く、刃先に常理無し。
(闘戦経 第三十九章)
進軍の太鼓が打ち鳴らされ合戦が繰り広げられる最中にあっては、敵に対する仁義な
どは無い。
仁義は人の踏み行なうべき道徳の基本であり、武人の道をなす重要な徳ではあるが、
戦においてはこの仁義さえあれば万事にかなうというわけにはいかない。ひとたび戦が
始まり、雌雄を決しようと互いに激しく攻め合う段階にあっては、斃すか斃されるか、
殺すか殺されるかという厳しいせめぎ合いであり、敵に対して仁義をもってその困って
いるところや弱点につけこむことを遠慮したり、逆に相手からの仁義を期待したりする
ような態度は、敗北を喫することにつながる。仁義を守って戦いに負けることがあって
は本末転倒である。
戦場では進軍太鼓を聞くや一挙に敵の機先を制して圧倒し、快勝を博すべきである
が、戦いが終わった後には敵兵に対しても博愛の精神を持って接し、敵愾心から来る捕
虜虐待などの報復行動は厳に戒めなければならない。
お互いに刃を交えているような戦闘の最中に常理などは存在しない。
常理とは、常に通用する道理や理論、理法のことである。刀法においても一定の理法
があり、これに基づく攻防の準則や形がある。人は平素の鍛錬を重ねてこれらを身につ
けるが、いざ戦に臨み、死生を賭して切尖を合わせるに及ぶと、敵は日頃の練習相手の
ようには動かず、我が意表に出て千変万化の技を仕掛けてくるものである。こうした状
況においても平素の理法を固守するだけで、それを応用したり、自ら創意工夫したりし
得ない者は、仁義なく常理なき実戦場において敗者となる。
既に戦いが始まれば、敵に因り自ら変化して奇正の陣法も無く、変化自在の勢いに従う
べきものである。つまり、戦いの本質は偶然性にあり、戦いは意外性の連続である。そ
れ故に、戦場は流動的で、地形や敵・我の戦術・戦法によりきわめて多様な状況を呈す
る。一方で、人間の知性というものは流動的なもの、不安定なもの、多様なものを避
け、普遍的なもの、固定的なものを求めようとするため、平時におい…
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