闘う保守
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今日は、facebookページに掲載した過去の論文『あえて自民党の下野を歓迎する』を掲載します。


「あえて自民党の下野を歓迎する~成熟した政治への第一歩となるか~」

岩田温(秀明大学助教)

分水嶺となりうる今回の選挙
 
 平成二十一年八月三十日を我々日本人は幾度となく振り返ることになろう。

 昭和三十年(一九五五年)に結成されて以来、常に衆議院において第一党の座を守り抜いてきた自民党の大惨敗を如何に分析し、総括するかは、我が国の行く末を考える上でも、戦後日本を思想的に捉える際にも決定的に重要な問題となってくるであろう。

 現在の段階で、自民党の敗因は多岐にわたって指摘されている。総理の度重なる漢字の読み間違えや失言、閣僚の不祥事、途中で政権を投げ出した二人の総理の無責任。要するに自民党自体への不信感である。そして世界的な経済危機の中の閉塞感、「ばら撒き」とも批判されたが、民主党マニフェストへの期待。

 こうした一つ一つを挙げ、民主党の勝利と自民党の大惨敗の原因とすることは可能だろうし、その一つ一つが今回の選挙の結果に繋がったことは疑いようのない事実である。従って、これらの原因が存在しなければ、今回の結果には結び付かなかったといいうる。だが、今回の選挙を単に選挙戦の巧拙や政治家の資質の問題に帰してしまっては、事の本質を掴んだことにはなるまい。今回の選挙には、より大きな歴史的、思想的文脈に位置づけてこそ、初めて見えてくる構造が内在しているように思われてならないのだ。


かつては憲法を「占領の象徴」と捉えていた自民党

 昭和三十年、左右社会党の統一により誕生した日本社会党に対抗するために、鳩山一郎、岸信介らの率いる日本民主党と緒方竹虎らが率いる自由党とが「保守合同」を行った結果として、自由民主党は誕生した。以後、一九九三年の細川護煕内閣誕生に至るまでの長期間、自民党が議会において与党の座を占め続け、社会党が野党第一党として存在し続けた。この固定された政治体制を「五五年体制」と呼んできたのである。

 だが、五五年体制を一貫した固定された政治システムと捉えるのにはいささかの無理がある。

 確かに、表面的に眺めてみるならば、与党としての自民党、野党第一党としての社会党という体制は一貫している。この意味では五五年体制は一貫して継続してきたといってもよいであろう。だが、それはあくまで表面的な事実にしか過ぎず、政治の当事者たちの意識を無視した机上の論議でしかない。
いうまでもないが、「五五年体制」という概念は、あくまで政治を理解するための補助的な概念でしかありえない。学者はしばしば自らの構築した概念に囚われる余り、概念に溺れて現実を現実として理解できないことがあるが、政治の現象はあくまで政治の現象それ自体として理解すべきであって、概念に拘束されるようなことがあってはならない。

 五五年体制を政治それ自身に則って再考してみると、前期・後期に区分することができることに気がつく。この区分を具体的に指摘する前に、自民党が結党時に掲げた政治理念を確認しておく必要があるだろう。この政治理念こそが、五五年体制を区分する際の指標となるからである。

 自民党は、結党の際、「党の使命」と題する文書で次のような現状分析を行っている。

「国内の現状を見るに、祖国愛と自主独立の精神は失われ、政治は昏迷を続け、経済は自立になお遠く、民生は不安の域を脱せず、独立体制は未だ十分整わず、加えて独裁を目ざす階級闘争は益々熾烈となりつつある」

 この現状分析の中で決定的に重要なのは「独立体制は未だ十分整わず」という個所である。日本では未だに独立体制が整っていないという認識は、当然のことながら、占領体制が未だに継続しているという認識と同様のものである。しからば、日本において占領体制が未だに継続しているとは、具体的には何を意味しているのか。「党の使命」は、自民党の果たすべき具体的課題が列挙されているのでその部分を引用してみよう。

「第一、国民道義の確立と教育の改革 第二、政官界の刷新 第三、経済自立の達成 第四、福祉社会の建設 第五、平和外交の積極的展開 第六、現行憲法の自主的改正を始めとする独立体制の整備を強力に実行し、もって、国民の負託に応えんとするものである。」

 ここでは、独立体制の整備のための端緒として現行憲法の自主的改正が掲げられている。すなわち、自民党は未だに占領体制が継続されているという認識の下で、その占領の象徴として現行憲法を捉えているのだ。

「強制」を隠蔽した検閲の存在

 GHQによる日本占領の目的は、アメリカの国務・陸・海軍三省調整委員会(SWNCC)で定められた「降伏後における米国の初期の対日方針」(swncc150/4)の「究極の目的」を読めば明らかである。そこには「日本がふたたびアメリカの脅威となり、または世界の平和と安全の脅威とならないことを確実にすること」が掲げられているのだ。
この究極の目的を実現するために、一連の占領政策が実施されたのは明らかだが、占領政策の中で最大の成果こそが日本国憲法の制定であった。日本国憲法の制定過程は、近年の研究によってほとんどが明らかにされている。
必ずしも、日本側の要求が全く通らなかったというわけではないが、その基本路線はGHQに定められた明らかな強制による憲法制定であった。そして、その際に忘れてはならないのは、暴力的な憲法の強制を隠蔽するために、GHQが徹底した検閲を行っていたという事実である。占領期には、あらゆる種類の出版物から個人の私信に至るまで徹底した検閲が行われており、憲法の制定についての記述が厳しく検閲されていた。GHQの検閲で「削除または、発行禁止処分の対象」となる項目の一つは次のように定められていた。

「SCAPが憲法を起草したことに対する批判

 日本の新憲法起草に当って、SCAPが果たした役割についての一切の言及、あるいは憲法起草に当ってSCAPが果たした役割に対する一切の批判」

ここでいうSCAPとは連合国最高司令官総司令部、すなわち占領軍のことである。占領軍が新憲法を制定したことを触れてはいけないというのだ。占領軍が憲法を制定したことに対する批判が禁止されたのではない。占領軍が憲法を制定したという事実そのものに対する言及が禁止されたのだ。従って、新憲法を歓迎する趣旨の内容であっても、占領軍が新憲法を起草した事実に触れた文書は検閲の対象となり、削除または発行禁止処分の対象となったのだ。

 なお、日本国憲法第二十一条では、次のように言論の自由が謳われ、検閲の禁止が明らかにされている。

「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」

 検閲を禁止する憲法が、検閲によって成立するという矛盾。日本国憲法の制定過程に背徳的な匂いを感じるのは筆者ばかりではあるまい。

前期後期に分けられる五五年体制

 さて、こうして明らかにアメリカの強制によって成立した日本国憲法だが、対アメリカ外交にこの憲法を活用しようという発想の大逆転を行った男がいた。吉田茂である。

 吉田はアメリカが朝鮮戦争の勃発、冷戦の激化によって方針を転換し、日本の再軍備を求めた際に、この憲法を楯にとって、再軍備を拒んだのだ。執拗に再軍備を説くアメリカ国務長官ダレスとやり合った吉田茂の姿勢は「弱者の恫喝」とも呼ばれた。

 軽武装でありつづけ、経済政策に国家戦略を特化する吉田茂の戦略は「吉田ドクトリン」と呼ばれ、戦後日本の指針とされてきた。当然、それは強制された憲法の上に居直るということを意味した。

 だが、こうした憲法の上に居直ることへの違和感があったのも事実である。それは自国の防衛を他国に任せることへの違和感と言ってよいだろう。すなわち、独立国家の気概が失われるのではないかという危機感であり、極めて正当な危機感とでもいうべきものである。

 さて、改めて自民党の「党の使命」に戻ると、そこには「祖国愛と自主独立の精神」が失われたことに対する危機感が明らかである。以上を勘案すれば、自民党の「党の使命」は、鳩山一郎や岸信介ら吉田茂とは距離を取り続けていた政治家の「脱吉田ドクトリン」の宣言とも理解できよう。

 五五年体制は、「脱・吉田ドクトリン」、自主憲法の制定を目指した鳩山、岸内閣と吉田ドクトリンの堅持を指針としたそれ以後の内閣で区別をして捉えるべきなのである。

 自主独立を目指した岸内閣が、安保改定の後に退陣し、「所得倍増計画」を唱える池田勇人内閣が誕生した。衆知の通り、池田勇人は吉田茂の愛弟子である。
この間に、自民党は既に改定された日米安保の上に安住し、「憲法改正」を言い出しさえしなければ、国内政治においてフリー・ハンドを得られることに気付く。
社会党は「自衛隊は違憲」、「安保反対」を唱え続けていたが、その究極の目的は政権与党として活躍することにあったのではなく、「護憲」にあった。
私にはそれがなぜ理想なの…

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