

















日本の心を伝える会
メールマガジンvol.378♪
@2011/9/27(火曜日)









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y1】インパール作戦とパル判事 (2/4)
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インパール作戦とパル判事(2/4) ◆








《昨日の記事からの続き》
このブログで、武道の心について何度か書かせていただいています。
欧米における格闘技は、敵を殺し、倒すためのマーシャルアーツです。
ところが日本武道は、試合や勝負における「勝ち」を、からなずしも「勝ち」としていない。
スポーツにおける「勝ち」は、試合に勝つことです。
そのためには、体を鍛え、技を磨く。
しかし、日本武道における勝ちは、試合に勝てばよいという考え方をとりません。
試合というのは、どんな場合でも、単に「模擬戦」にすぎない。
本当の勝利は「克つこと」というのが、武道における勝利の考え方です。
その場の勝ちだけでなく、最終的、究極的な勝ちをもって、勝ちとする。
たとえば、小柄な男性が、好きな女性とデートの最中に、大男に囲まれて、女性を差し出せと要求される。
小男が拒否する。
小男は、ハンゴロシになるまでボコボコに殴られる。
普通なら、寝転がって「うう・・」となってしまう。
しかし「心・技・体」、「心」を鍛えたこの小男は、殴られても殴られても何度も立ち上がる。
気を失っても、まだ立ち上がる。
いいかげん気持ち悪くなった大男たちは、帰っていく。
女性は暴行されずに助かる。
殴り合いの勝ち負けでいったら、このケンカは、大男の勝ちです。
小男は負けです。
けれど、大好きな女性を護りきったという点、(目的を達成した)という点からみれば、小男は「勝ち」です。
どっちが勝ったといえるのかといえば、両方勝った。
それが武道の心です。
武家に生まれたら、たとえ武芸に秀でていなくても、たとえ小柄で非力でも、たとえそのとき病んでいたとしても、すでに老齢になっていたとしても、戦うべき時には戦わなければなりません。
相手が野盗の群れのような大軍だったら、戦えば死にます。
しかし、たとえ自分が死んだとしても、野盗が盗みをあきらめて帰ってくれれば、みんなの生活の平穏が保たれる。
そのために自分が死んだとしても、みんなを護るためなら、喜んで戦い、死ぬ。
戦いでは「負け」たかもしれないが、みんなを守ったという点では「勝ち」です。
それが武道の「勝ち」です。
マンガ「明日のジョー」で、矢吹ジョーが、ホセ・メンドーサと試合します。
殴られても殴られてもジョーは立ち上がる。
ホセは、いいかげん気味悪くなって、さらに矢吹ジョーをボコボコに殴る。
ジョーは、もはやガードの姿勢をとることすらできない。
それでも立ち上がる。何度も立ち上がる。
普通、常識でいったら、タオルがはいって、試合はジョーの負けです。
マンガの試合結果がどっちだったかは忘れてしまいましたが、なんとなく覚えているのは、この試合でホセは、ジョーに対するあまりの恐怖のために、髪が真っ白になり、現役を引退してしまう。
リングの上の勝負ではホセが勝った。
けれども、その結果ホセは引退し、ジョーは、次の対戦に臨む。
ホセも勝った。ジョーも勝った。
ふたりともよく戦った。
要するに武道は「心・技・体」なのです。
スポーツは、逆に「体・技・心」。
なにがあっても負けない強い心、自らの死を賭してでも目的を貫き通す強い心を養う。それが日本の武道であり、武士道の精神です。
スポーツが単に体を鍛え、試合に勝つことを目的としていることに対し、武道は、心を鍛えるために技を習得し、体を鍛える。
まったく発想が逆です。
そうした武道の「心」からインパール作戦を考えると、巷間言われている筋書きとはまったく別なストーリーが、その「作戦」から見えてきます。
インパール作戦は、インド・ビルマ方面における、日本軍のほぼ全軍と、英国のインド駐屯隊のほぼ全軍が会戦した大会戦です。
実際、英国はインパールに15万の兵力を展開し、対する日本軍は9万です。
この時点でビルマにいたインド国民軍4.5万を合わせると、兵力はほぼイーブンです。
しかし牟田口中将は、インド国民軍の本体をインパールに参戦させていません。
そして、約4.5万のインド国民軍の兵士のうち、どうしても一緒に戦いたいと主張して譲らない6千名だけを連れて、牟田口中将はインパールへ出陣します。
インド国民軍を合わせれば、兵力はイーブンになるのに、わざわざインド国民軍をおいてけぼりにしているというのは、ふつうに考えて、あり得ないことです。
ただでさえ、火力が足らないのです。
これにさらに兵力不足が重なれば、これはもう、わざわざ負けに行くようなものです。
しかも補給がありません。物資がないのです。
食い物すらない。
「インパールは補給を無視した無謀な戦いである」などとよく言われますが、補給物資がすでにないことは、牟田口中将以下、軍の参謀たちも、参加した兵たちも、みんなはじめからわかっていたことです。
補給路の確保とかの問題ではありません。そもそも補給すべき物資がハナからないのです。
それでも日本軍は、ジャングルのなかを、遠路はるばる行軍します。
そして、インパールの戦場に向かった。
そして2か月を戦い抜いた。
2か月というのは、ものすごく長い期間です。
かのワールテルローの戦いだって、たった1日の大会戦です。
補給がないということは、単に食料や弾薬がないというだけにとどまりません。
医薬品もありません。
場所はジャングルの中です。
山蒜(ひる)もいるし、虫もいる。
マラリアもある、デング熱もある、アメーバー赤痢もある。
日本の将兵たちは、敵と戦うだけでなく、飢えや病魔とも闘わなければならなかった。
そして戦いの早々に、日本軍の指揮命令系統は壊滅します。
それでも、ひとりひとりの兵たちは、ほんの数名の塊(かたまり)となって、英国軍と戦い続けました。
日本軍と撃ちあった英国軍の将兵は、銃声が止んだあと、日本の兵士たちの遺体を見て何を感じたのでしょう。
英国の兵士は、栄養満点の食事をとり、武器弾薬も豊富に持っています。
そして自分たちのために戦っています。
ところが日本の将兵は、他国(インド)のために戦い、武器・弾薬も不足し、食料もない。
ある者はガリガリにやせ細り、ある者は大けがをしている。
遺体は、まるで幽鬼です。
ガリガリに痩せ細り、まるでガンの末期患者の群れのような少数の兵士が、弾のない銃剣を握りしめてそこに死んでいる。
殺しても殺しても向かってくる。
最初のうちは、英国の将兵たちも、勝った勝ったと浮かれたかもしれません。
しかし、それが何日も続く。
何回も続く。
軍としての統制と機能は、とっくに崩壊しているはずなのに、ひとりひとりが戦士となって向かってくる。
降参を呼び掛ける。
でも、誰も降参しない。
弾も持たずに、銃剣ひとつで向かってくる。
そんな戦いが60日以上も続いたのです。
人間なら、誰もがそこに「何か」を感じる。
まして騎士道の誇り高い英国の兵士たちです。
彼らはそこに「何か」を感じたのではないでしょうか。
v(^∀^*)ノ*:。









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