エンリケです。
今家に帰ってきて、配信された原稿を読んでみたところ、
6/28付で渡部様からいただいていた修正稿でなく、
修正前の原稿をそのまま配信しておりました。
6/28にいただいた「必要な修正を施したコンテンツ」をただ今よりお届けします。
恐れ入りますが、今朝お届けしたメルマガは破棄いただければ幸いです。
渡部さまに深くお詫び申し上げます。
エンリケ
配信解除はこちらからお願い致します。
http://www.mag2.com/m/0000049253.html
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『軍事情報別冊「数学者の新戦争論(24) —戦時宰相論(二)—
~ないないづくしの戦時宰相・東條英機~
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◇◆◇ 発行講読者数:11,054名/平成23年(2011年)7月1日(金)発行 ◇◆◇
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取材・インタビュー・原稿作成・webコンテンツ用テキスト文作成・自費出版の
原稿作成支援およびアドバイス・その他《書く》ことに附帯する一切の業務に
ついて執筆活動を展開しております。 ライター・平藤清刀
E-mail hirafuji@mbr.nifty.com
WEB http://homepage2.nifty.com/hirayan/
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● もくじ
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◎ 数学者の新戦争論(24) —戦時宰相論(二)—
~ないないづくしの戦時宰相・東條英機~
◎ 著者略歴
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● 数学者の新戦争論(24) —戦時宰相論(二)—
~ないないづくしの戦時宰相・東條英機~
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▽ごあいさつ ~戦争体験者を首相に~
こんにちは。渡部です。
現在の日本は非常的事態といえます。福島原発のモンダイもあり、日本開闢以来という
大自然災害収束の見通しが、まだ立っていないからです。
そのような非常的事態の宰相に関し、わたしにはある仮説(といったら大げさかもしれ
ませんが)があります。それは、非常的事態における最高指導者には、「戦争体験者」
が適切ではないかということです。理由は、本誌でこれまでにたびたび申し上げており
ますように、数学的にいえば、「線形的空間(経験的世界)と非線形的空間(未経験的
世界)は連動しない」からです。非常的事態、つまり未経験的世界に人が突如として
遭遇した場合、それまでの経験が役に立たず、どう対応したら良いか全くわけがわから
なくなる、ようなことです。
とすれば、これもきわめつけの非線形的事象の一種といえる「戦争」的事態を経験し、
それをうまく切り抜けられた“軍人上がり”の人物の方が、その種非常的事態にも
うまく対応できるのではないかと、思われるからです。
前号は、若いころその「戦争的事態」を存分に体験し、おそらくそれもあって日露戦争
という近代日本最大の国難にうまく対処できた宰相(桂太郎)を取り上げました。本号
はその逆に、修行時代に戦争(実戦)を経験していなかったためもあり、近代日本のも
う一つの国難にうまく対応できなかった宰相についての話です。
追記、わが国で戦争体験者の首相が出る見込みは、これからも当分ないでしょう。
ただ、せめて戦地の雰囲気くらいは経験したことのある人物が首相になってほしいもの
です。菅さんも、お遍路なんかより、イラクやアフガニスタンの戦地視察にでも行って
いたら、もっとましな対応ができていたのではないかと、わたし個人は思っており
ます。
▽東條英機には武人としての最低限の“覚悟”もなかった。
本号「戦時宰相論」は、当初の予定では一回分にまとめるつもりであった。近代日本
において最も功績のあった宰相(桂太郎)と、最も功績がなかったといったらおかしい
が、ともかく最も多くの災禍をもたらした最低的宰相を対比させ、戦時における国家の
最高的指導者とはいかにあるべきか、いかなる人物が適切なのかを、まとめて論ずるつ
もりであった。
それが書いているうちに予定が変わり、二回分になった。最も功績があった宰相桂の
人物があまりにも大きすぎたことによる。調べれば調べるほど、この人物の“巨大さ”
“器量の大きさ”が浮かんでくる。対比しようと考えたもう一人の“愚物的宰相”と
並べて一回分にして論ずるなど、桂に対して失礼である。というわけで、前号は桂論に
だけ終始したのである。
桂がいかに偉大であるかは、近代日本における二つの大難、日露戦争と太平洋戦争の
うち、どちらがより大きな“難”であったか考えてみればわかる。日露でかりに敗れて
いたとする。北海道は確実にとられていた。朝鮮半島はもちろん露国の属領となり、
九州もおそらくは半植民地化されていた。日本民族は本州と四国の二つの島に押し込め
られ、もしかすると十数年前のペレストロイカによるソ連崩壊時まで、東欧諸国と同
様、ロシア民族の圧政に苦しめられていたのかもしれない。
一方、太平洋戦争の方は敗れてもこのていどの災禍ですんだ。たんに植民地を放棄さ
せられただけである。わが国固有の領土はほとんど失われず、国体も変革されなかっ
た。“難”として日露よりはるかに小さいといえる。
もちろん、近代日本におけるその最大の国難を切り抜けられたのは、桂一人の力によ
るものではない。がともかく、桂はその日露戦にさいし、戦前、戦中、戦後の四年半の
長き(それは一内閣と存続期間としては今日に至るまで最長記録である)にわたり、
国家の最高的指導者の地位にあったことは確かである。桂以外にあの未曽有の難局のか
じとりをなしうる人物はいないと、当時の指導者層が一致して認めていた証拠である。
指導者だけでなく国民一般も、そのことはよく承知していた。桂の死は大正三年十月
であった。芝増上寺で行なわれた葬儀には会葬者だけで数千人、他に数万人もの一般大
衆がそのまわりを取り巻いていたと伝えられる。
最も功績がなかった愚物的宰相はその逆である。その死など、おそらく身内数人を除
いては誰も悼まなかった。「あの死に損ないが、ようやく死んで(殺されて)くれた
か」と、あざけっただけである。といえばその最低的宰相が誰であるか、言うまでもあ
るまい。そう「東條英機」である。
はじめに結論を言っておくと、東條には「中身」がない。むいてもむいても何も出て
こないラッキョウみたいなものである。したがって東條論を語るのは、「ない」ことを
列挙するようなことになる。
まずその“ない”の第一は、「武人としての最低限の覚悟」である。周知のように、
東條は戦後、米軍の捕虜にされる危険性が迫ったとき、自殺を図った。が、失敗した。
みっともないことこの上ない。いったん〈死〉と決した以上、なにがなんでもそれを
果たさなければならなかった。それがわが国においては古来から、武人たる者の最低限
保有するべき「覚悟」であった。東條にはそれすらない。終戦時、自決を志した政府・
軍の関係者は十名を下らない。その中で未遂に終わったのは東條ただ一人である。
▽戦闘歴も人望もなかった戦時宰相
さらに東條は戦闘歴がない。陸軍大将という軍隊における最高的地位にまで登りつめ
ながら、生涯、演習以外では一発の弾も砲弾も撃ったことがないはずである。ようする
に弾の下を一度もくぐったことがないのである。ただし、軍人歴だけは豊富にある。
東條の軍人歴をかいつまんでのべておこう。
東條は明治十七年、元盛岡藩士で陸軍中将東條英教の長男として生まれた。父親のあ
とを継ぐべく陸軍幼年学校、陸軍士官学校、陸軍大学へと進んだ。年齢にして十二、三
歳から二十代の前半に至るまで、つまり人生において最も感受性の豊かな時期に、軍隊
教育しか受けていないのである。
成績はどこでも同じようなもので、入学したときは中の上くらい、コツコツと努力を
重ねて卒業時には上位グループに入っている、といったタイプであった。その努力とは
ひたすら教科書の内容を暗記することであったらしいから、悪い表現でいえば“点取り
虫”ということである。平時の軍隊とはそのようなタイプが出世するものらしい。後年
の東條は、規則とか範例にウルさく、部下のその種のミスを容赦なく叱りつけたりして
嫌われたものであるが、若いころからのその“点取り虫”的性癖は、終生、直らなかっ
たものと思われる。
そんな東條にも生涯にただ一度だけ、戦闘経験らしきものはあった。日露戦争時であ
る。そのとき東條は満二十歳、まだ士官学校の生徒であったが繰り上げ卒業となり、一
応は新品の少尉として二十名ばかりの部下を率い、大陸に渡った(明治三十八年四
月)。ただし、実戦には至らなかった。奉天大会戦はその一ヶ月前に終了しており、以
後、陸戦は一度も発生しなかったからである。東條少尉も半年間、大陸でただ空しく日
を送っていたにすぎない。
以後も、東條の“点取り虫”的生活はあまり変わらなかった。陸軍省や関東軍の参謀
本部など、実戦部隊ではない管理的部門を主として歴任し、その間、例によって規則や
範例を細かく定めたりして軍を統制・整備することに功があって(生きて虜囚の辱めを
受けずとの戦陣訓を定めたのは東條である)階級が上がり、太平洋戦争が始まる二か月
前に、内閣総理大臣にまで上りつめた。ようするに弾の下など一度もくぐることなく
大将に、さらに陸軍大臣兼戦時宰相にもなったのである。
再び桂のはなしになるが(東條については語ることがあまりないから、どうしても桂
論になる)、桂は全く反対である。戦闘歴も…
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