【さわらぬ神にたたりなしといふ心持、不正や悪をとがめることの出来ないヒキョウさは、どんなに我々の心を堕落させることだろう】(野村胡堂『タバコ』の煙』) ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆◎終戦からしばらくして、『銭形平次』の生みの親、野村胡堂が著した一文だ。話のはじまりは、見て見ぬふりをされていた電車内での喫煙。胡堂は『私は神経質な方ではない』としながらも、《近ごろの人の横着さと無作法さには、いささか恐れをなしており、(中略)社会の秩序、国の道徳などといふものが案外こんな小さい注意の積みかさなりの上に築き上げられるのではあるまいか》。『銭形平次』は昭和21(1946)年秋、連載が再開された。2年後には、戦中に読売新聞に合併され、『読売報知』となっていた、愛する古巣の報知新聞が復刊し、胡堂は『平次』を寄稿した。復興の槌音(つちおと)は高かった。しかし、胡堂は、戦後の世相に憤りを覚えていた。《敗戦国日本は、いたるところがオバステ山では無いか。親を養わない者、妻子を振り捨てる者、叔父叔母を顧みない者の、我々の周囲に何と多いことか》批判の目は、ときの政財界の腐敗にも向けられた。彼はつづっている。《(明治・大正期で)特筆したいのは、汚職をやった役人は、世間から見捨てられるのがこわさに、よいことではないが、ことごとくと言ってよいほど自決したことである。(中略)今の人たちは、天下を騒がすほどの汚職をしても、ケロリとして恥じるこころを知らない。こんな無恥の輩は、昔の日本には無かった》(文化部編集委員 関厚夫氏)【産経新聞より抜粋】