<「シナ」は世界の共通語>
http://nipponism.net/wordpress/?p=2278



「中国」は日本人への強制・差別用語

「シナは蔑称でない」 (新浪網公司 平成12年9月22日)


 主権回復を目指す会はこの6月で設立5年目を迎えるが、当初掲げていた目標の一つにに保守陣営における「4ない」の克服があった。

 「4ない」とは

① 「デモ行進」が出来ない
② 「日の丸」を掲げられない
③ 「街宣」が出来ない
④ 中国を「シナ」と呼べない

 上記4つが「出来ない」だったのである。理由は「右翼にされてしまう、左翼などからの妨害が怖い」などであった。保守派は講演会とか
懇親会では意気盛んに愛国を吹聴するが、何か事が生じれば内にこもる書斎・サロン派に徹していた。会創設5年目にして振り返り、上記4つ
は保守も普通に出来る状況になったと評価していいだろう。
 しかしながら4番目の「シナ」と言う呼称であるが、今でも保守派の一部には抵抗感があるようだ。

 ほぼ12年前にさかのぼるが、この問題である事件が発生した。

 千葉県の麗澤大学が「シナ」の呼称で授業を行う講師を、それは「差別語」にあたるとして、シナ人留学生の抗議を受けてこの講師を免職さ
せた事件である。講師とは藤井厳喜氏、保守、愛国者で知られる国際学者である。

 我々はこの免職が不当解雇、言論弾圧だとして麗澤大学へ徹底的な抗議行動を繰り返した。

 その時の大学側との交渉並びに「シナ」という呼称の歴史的合理性を、槇 泰智氏が「政経通信15号」(平成12年9月1日)に詳細を綴って
いる。

 さらにこの直後、シナ最大級ネットの新浪網公司が「シナ(支那)は中国への蔑称」と一部の学者などから出ていた改名要求を拒否している。


因みに


中国運輸局: 広島市中区上八丁堀6番30号
中国管区警察局: 広島市中区上八丁堀6番30号
中国銀行本店: 岡山市北区丸の内1-15-20 
中国電力: 広島市中区小町4番33号
中国地方の子守歌: 岡山県井原市高屋町が発祥の地

中国地方の子守唄の発祥地は、井原市高屋町。写真は子守歌を奏でる高屋町のモニュメント。

 などなど彼のシナ大陸ではなく、中国地方とは山陰又は行政区分として鳥取県・島根県・岡山県・広島県・山口県を指す。

 以下、「シナ」を考える上で貴重な参考資料である。

 ↓


「政経通信15号」支那人留学生の横暴に屈服した麗澤大学
 http://www.shukenkaifuku.com/shuchou/shuchou.html

 政府の決定に反する言論は禁止/話し合いによる解決は拒否

<藤井厳喜非常勤講師が解任されたことの真相とは>

【会談で明らかになった大学側の事勿れ主義】



私が中国の名称を用いず支那と呼称するのは主に以下の理由からである。

①支那の呼称は古代シルクロードの要衝、雲南省に栄えた商業都市「支那城」に起源を発し、更には「秦」に由来するものであり、何ら差別的表現ではない。

②我が国において中国と言えば山陽・山陰道に位置する五県を指す地方名以外には存在しない。

③中国という表現こそ「我こそは世界の中心」とした中華思想によるものであり、日本人を東夷(東の野蛮人)と見下した逆差別語である。

④英語でCHINA(チャイナ)と呼んでもよいが、シナはだめと言うならば我々は千葉(CHIBA)をチャイバと発音しなければならなくなる。

因に仏語はシーム、西語はチナ、独語はヒナ、伊語はシーナである。

千葉県柏市の麗澤大学(廣池幹堂学長)国際経済学部において非常勤講師の藤井厳喜氏が講義の中で支那という呼称を使用したため、一部支那人留学
生が騒ぎ大学はその圧力に屈して、藤井氏の講義を打ち切り事実上解雇するという事件が勃発した。

6月14日付けで同大学「中国人留学生会」の張麗燕(女子)が丸山康則同学部長に対して同会名で「政治学の授業に関するお願い」なる文書を提出し藤井
氏の発言・態度を改善するよう要望すると同時に、「中国人留学生へ」と題する呼びかけ文を配り「藤井先生が中国人を侮辱した」と訴えたのである。

6月26日、藤井氏は張麗燕を含む支那人留学生5人と丸山学部長、それに藤井氏を非常勤講師として大学に紹介した鈴木幸夫前同学部長と対談の機会を
持った。

藤井氏が支那は差別語ではない旨論理的に説明しても、彼らは「侮辱と感じる」「いやだからやめろ」と感情論を繰り返すだけで話し合いは平行線を辿った。

 藤井氏が授業の中で時間を設けるので「諸君の意見を皆の前で堂々と展開してくれ」と提案したが、「議論する事自体がけしからん」、と拒否、最後は「私た
ちが納める学費から先生たちは給料を貰っているのだから私たちの言うことを聞きなさい」、と絶叫する有り様。

 同席した2教授は彼らを諌めるでもなく沈黙を押し通した。

 小紙、前号で報じた校長に土下座を迫った東京・国立市立第2小学校の児童同様、「教えを乞う」という教育の基本理念が崩壊している。

 この麗澤大学が「道徳教育の徹底」を建学以来の基本理念、と豪語しているとは正に笑止千万。

 最も支那人留学生としては本国に還ればこのような暴言が吐けようはずもなく、我が国を属国と見なす中華思想による発言に他ならない。

ましてや国費留学生として我々が納めた税金で来日した学生の言うべき事ではない。

 その後7月に入り大学側から「講義内容についてのお願い」、という文書で支那使用の禁止が通達されたが、藤井氏がこれを拒絶する旨回答したことで17日
に講義打ち切り、事実上の解雇となったのである。

 この間、支那が差別語であるか否かという事は一切議論されていない。

 この異常事態を受けて幣会では維新政党・新風千葉県本部(現在、主権回復を目指す会代表)の西村修平代表と千葉県立小金高校(現在、県立柏北高校)
の先田賢紀智教論、そして同大学同学部の4年生で藤井氏の講義を受講しているS女史の4人で7月24日、同大学に抗議に向かった。

 先方は丸山学部長・永井四郎同学部教務主任・松井副学生部長・今村稔庶務課長が出席したが、主に丸山学部長が受け答えた。

 紙面の都合上、応答の主要部分を以下の通り抜粋する。

【支那のどこが差別語ですか?】

丸山 歴史の専門家の意見では支那という言葉は秦をインド側から呼んだ言葉とか、シルクロードの絹を表す言葉とか諸説があるようだ。

 日本で支那という言葉が使われたのは江戸中期である。これは尊敬を込めた言葉であった。

 明治中期までそうであったが、日清戦争以来日本が大陸進出を謀ってから太平洋戦争まで支那は侮蔑語として使われた。中国の留学生は支那を侮蔑語とし
て学んだ。

 1946年日本の外務省に向かって中国から「支那という名称を使ってほしくない。中華民国を使うように」と、要請が来たので外務省次官名で全てのマスコミに
「今後中国という名称を使うように」通達が出された。同時に文部省も学校では「中国」を用いるようにとしている。中国からの留学生が「支那」に差別感を持つの
は当然だろう。

西村 藤井先生に出した「講義内容についてのお願い」の中で「国際関係にも十分配慮してほしい」とあるがどういう事か。

丸山 先生が外部で活動されるのは全く自由であるが、麗澤大学には学生3000人の中に留学生が400人いる。その中の158人は中国人であるということに配
慮してほしいということだ。

西村 英語では「中華人民共和国」はどう言うのですか。

丸山 The People,s Republic of Chinaです。

西村 人民共和国はPeople,s Republicでしょうが中華はどう言うのですか。

丸山 ………

槇  The brilliant Central of The World(華やかなる世界の中心)とでもなるのでしょうね。

丸山 Chinaでしょうね。

西村 そうすると支那人留学生はChinaとよばれても怒らないわけですね。

丸山 国際的にはChinaで通っていますからね。

西村 そうすると欧米人がChinaと言うのは問題にせず、日本人が支那と言うのに怒るのはどうしてでしょうか。どうして侮蔑を感じるのでしょうか。

丸山 その国の文化の中でそれを侮蔑と感じることがある場合、それは仕方のない事でしょう。差別というのは相手がどう受け止めるかが問題です。セクハラと同

じです。

槇  言葉はそれを使う人の内面的な