2011-06-165(木)
■ドイツの脱原発と日本(4)
■戦前、独は自然科学分野で米国をしのぐ勢い
■そもそもロケットはドイツが開拓していた!
■独は二度戦争に敗れた。次は勝利国で勝負
■核開発でもドイツは先端を走っていた!
ではそのドイツ植民地貧困国、資源貧困国ですがいかにして
イギリスやフランスなどに対抗し、大国としての道を切り開いて
いったのでしょうか。
答えは明確です。
ドイツでは国民を「頭脳集団」に仕上げ、どの国にも負けない
新産業技術を開拓することにしたのです。
そにために、実力英才教育至上主義を導入し自然科学部門に
おける人材を発掘する。
19世紀の終わりごろから始まったこのドイツの国策は、
その後(一時は)成功しました。
そう少なくとも第二次世界大戦で敗戦国になるまでは。
■戦前、独は自然科学分野で米国をしのぐ勢い
そこで、以下のリストを皆さんにご覧に入れようと思います。
(その1)
自然科学分野におけるノーベル国別受賞数
物理学 化学 医学 合計
アメリカ 80 57 90 227
イギリス 21 26 28 75
ドイツ 24 28 16 68
フランス 12 8 9 29
日本(9位) 6 5 1 12
(その2)
自然科学分野における
第二次世界大戦前と戦後におけるノーベル国別受賞者数
1901-1945 1945-2008 合計
アメリカ 18 209 227
イギリス 26 49 75
ドイツ 36 32 68
フランス 15 14 29
スエーデン 6 10 16
スイス 5 10 15
オランダ 8 5 13
ロシア 2 11 13
日本 0 12 12
このリストを見て気ずくことは、
ノーベル賞国別受賞者数において、戦前+戦後を通してみると、
アメリカはダントツで1位だということ。
次ぎ2位がイギリスで
3位はドイツとなっていす。
ところが第二次大戦の前と後、つまり戦前と戦後に目を通すと
どうでしょう。
戦前ではドイツが何と1位で36人
2位がイギリスで26人
アメリカは3位で18人です。
つまり、戦前、ドイツは自然科学分野ではアメリカなど敵では
なかったのです。
それなのに、なぜ戦後、アメリカにおける受賞者が他の国を抑えて
圧倒的に多くなり、そしてドイツが3位に転落したのでしょうか。
決定的な理由は二点あります。、
一点は、第一次大戦敗戦後、ユダヤ人排斥をスローガンにし
ヒトラー政権がドイツで成立したこと。二つはそのヒトラー政権下
で突入した第二次大戦でドイツがアメリカに敗れたこと、
このため前者では優れたユダヤ人の人材が、ドイツを去り、
その多くはアメリカに亡命し、
加えて、二点目では、ドイツ人の人材までも、アメリカに
流出してしまったことです。
■そもそもロケットはドイツが開拓していた!
その象徴的な例が
アメリカのロケット開発者として、1969年7月20日
世界最初に月へロケットを飛ばし人類が月面を踏む開拓に成功した
人物ヴェルナー・フォン・ブラウンです。
彼は「ロケット技術開発」においては第一人者であり、「ロケットの父」
であり、ロケット開発初期における最も重要な開発者として、
月ロケット人間着陸成功の際、当時アメリカで英雄扱いにされた
ものでした。
片や旧ソ連のセルゲイ・コロリョフとは宿敵の関係にあり、
第二次大戦後、共に米ソ宇宙開発競争で先頭に立って競いあった
人物で、実はそのブラウンはドイツ人だったのです。
彼は幼少の頃から自然科学に興味を持っていましたとりわけ宇宙
への関心が強く、そんな彼のために彼の母親は望遠鏡を贈っています。
父親はヒトラー政権下フランツ・フォン・パーペン内閣で食糧農業大臣
に就任しています。
その関係から、軍はブラウンのロケット技術に目をつけます。
それをきっかけに軍とタイアップし兵器用ロケット開発に着手し、
ついにV-2ロケットを完成、ロンドンとアントワープ目指して
打ち上げています。
第二次大戦敗戦直前のことです。
その後ドイツに勝ち目がないと知るや、彼はこう言い放ちました。
■独は二度戦争に敗れた。次は勝利国で勝負だ
「ドイツは二度の戦争に敗れた。このロケットを宇宙に
飛ばし成功させるには、今や勝者アメリカに投降し、
われわれの開発したノウハウをもとにさらに研究開発を
進める以外ない」と。
こうしてアメリカと交渉し投降することになったブラウンは
115人のロケット・トップクラスの開発学者(合計約500人)
とその装備、資材、資料一切(貨車348両分)船に積み、
アメリカへ渡り、研究活動を続行することにしたのです。
当時アメリカのロケット開発はドイツに比べて約10年遅れて
いましたから、アメリカにとっては飛び上がらんばかりの獲物
でした。何しろ貴重な=戦利品=人が自ら転がり込んできたの
ですから。従って、彼らを引き受けることに何のためらいも
戸惑いもありませんでした。
ブラウンがナチ党員だったことも、ロケット開発にあって
ユダヤ人捕虜を過酷な労働に従事させた疑いがあったことも
この際、問われることはなく一切伏せられました。、
■核開発でもドイツは先端を走っていた。
いえそれだけではありませんでした。
核開発でもドイツは先端を走っていました。
ベルリンにカイザー・ウイルヘルム研究所が
創設されたのは1911年のことです。
ここを拠点に若い優れた核物理理論学者や化学者が続々と
生まれ、そして育ち、その活躍はみざましいもので、
世界の注目の的になっていました。
そのきらびやかなドイツ自然科学者の集団ですが、
ここには多くのユダヤ系学者もドイツ人学者と共に和気藹々
と研究開発に携わっていたのです。
1921年ドイツ人としてノーベル(物理)賞を受賞し、
のちアメリカに亡命し米国籍を取得したアインシュタイン
もそうでした。
一方ドイツ側では1932年、31歳の若さにしてノーベル
(物理)を受賞したハイゼンベルグがいます。
当時アインシュタインはユダヤ系の、ハイゼンベルグドイツ系
の自然科学系の巨峰として、その下には世界中から、
彼らを慕った若い優れた学者のタマゴが研究にいそしんだもの
でした。
ところがこのユダヤ系とドイツ系の学者にとって、非常に不幸なこと
が起こってしまいました。
ドイツにおいて1933年ヒトラー政権が誕生したことで、突如、
状況が様変わりしてしまい、ヒトラーの反ユダヤ政策を警戒した
ユダヤ系学者達は既述したアインシュタインを初め次々とドイツ
を去っていったのです。
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_21世紀を迎えた今世界は混沌としています。日本もその渦て
政治経済ともに、国際的視点に立脚し欧州からの情報収集が不可欠に
なってきています。欧州の国際情勢を日記風にまとめドイツ滞在歴30余
年の経験を生かし、現地よりレポートします。
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■そもそもロケットはドイツが開拓していた!
■独は二度戦争に敗れた。次は勝利国で勝負
■核開発でもドイツは先端を走っていた!
ではそのドイツ植民地貧困国、資源貧困国ですがいかにして
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いったのでしょうか。
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新産業技術を開拓することにしたのです。
そにために、実力英才教育至上主義を導入し自然科学部門に
おける人材を発掘する。
19世紀の終わりごろから始まったこのドイツの国策は、
その後(一時は)成功しました。
そう少なくとも第二次世界大戦で敗戦国になるまでは。
■戦前、独は自然科学分野で米国をしのぐ勢い
そこで、以下のリストを皆さんにご覧に入れようと思います。
(その1)
自然科学分野におけるノーベル国別受賞数
物理学 化学 医学 合計
アメリカ 80 57 90 227
イギリス 21 26 28 75
ドイツ 24 28 16 68
フランス 12 8 9 29
日本(9位) 6 5 1 12
(その2)
自然科学分野における
第二次世界大戦前と戦後におけるノーベル国別受賞者数
1901-1945 1945-2008 合計
アメリカ 18 209 227
イギリス 26 49 75
ドイツ 36 32 68
フランス 15 14 29
スエーデン 6 10 16
スイス 5 10 15
オランダ 8 5 13
ロシア 2 11 13
日本 0 12 12
このリストを見て気ずくことは、
ノーベル賞国別受賞者数において、戦前+戦後を通してみると、
アメリカはダントツで1位だということ。
次ぎ2位がイギリスで
3位はドイツとなっていす。
ところが第二次大戦の前と後、つまり戦前と戦後に目を通すと
どうでしょう。
戦前ではドイツが何と1位で36人
2位がイギリスで26人
アメリカは3位で18人です。
つまり、戦前、ドイツは自然科学分野ではアメリカなど敵では
なかったのです。
それなのに、なぜ戦後、アメリカにおける受賞者が他の国を抑えて
圧倒的に多くなり、そしてドイツが3位に転落したのでしょうか。
決定的な理由は二点あります。、
一点は、第一次大戦敗戦後、ユダヤ人排斥をスローガンにし
ヒトラー政権がドイツで成立したこと。二つはそのヒトラー政権下
で突入した第二次大戦でドイツがアメリカに敗れたこと、
このため前者では優れたユダヤ人の人材が、ドイツを去り、
その多くはアメリカに亡命し、
加えて、二点目では、ドイツ人の人材までも、アメリカに
流出してしまったことです。
■そもそもロケットはドイツが開拓していた!
その象徴的な例が
アメリカのロケット開発者として、1969年7月20日
世界最初に月へロケットを飛ばし人類が月面を踏む開拓に成功した
人物ヴェルナー・フォン・ブラウンです。
彼は「ロケット技術開発」においては第一人者であり、「ロケットの父」
であり、ロケット開発初期における最も重要な開発者として、
月ロケット人間着陸成功の際、当時アメリカで英雄扱いにされた
ものでした。
片や旧ソ連のセルゲイ・コロリョフとは宿敵の関係にあり、
第二次大戦後、共に米ソ宇宙開発競争で先頭に立って競いあった
人物で、実はそのブラウンはドイツ人だったのです。
彼は幼少の頃から自然科学に興味を持っていましたとりわけ宇宙
への関心が強く、そんな彼のために彼の母親は望遠鏡を贈っています。
父親はヒトラー政権下フランツ・フォン・パーペン内閣で食糧農業大臣
に就任しています。
その関係から、軍はブラウンのロケット技術に目をつけます。
それをきっかけに軍とタイアップし兵器用ロケット開発に着手し、
ついにV-2ロケットを完成、ロンドンとアントワープ目指して
打ち上げています。
第二次大戦敗戦直前のことです。
その後ドイツに勝ち目がないと知るや、彼はこう言い放ちました。
■独は二度戦争に敗れた。次は勝利国で勝負だ
「ドイツは二度の戦争に敗れた。このロケットを宇宙に
飛ばし成功させるには、今や勝者アメリカに投降し、
われわれの開発したノウハウをもとにさらに研究開発を
進める以外ない」と。
こうしてアメリカと交渉し投降することになったブラウンは
115人のロケット・トップクラスの開発学者(合計約500人)
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アメリカへ渡り、研究活動を続行することにしたのです。
当時アメリカのロケット開発はドイツに比べて約10年遅れて
いましたから、アメリカにとっては飛び上がらんばかりの獲物
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ブラウンがナチ党員だったことも、ロケット開発にあって
ユダヤ人捕虜を過酷な労働に従事させた疑いがあったことも
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生まれ、そして育ち、その活躍はみざましいもので、
世界の注目の的になっていました。
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ここには多くのユダヤ系学者もドイツ人学者と共に和気藹々
と研究開発に携わっていたのです。
1921年ドイツ人としてノーベル(物理)賞を受賞し、
のちアメリカに亡命し米国籍を取得したアインシュタイン
もそうでした。
一方ドイツ側では1932年、31歳の若さにしてノーベル
(物理)を受賞したハイゼンベルグがいます。
当時アインシュタインはユダヤ系の、ハイゼンベルグドイツ系
の自然科学系の巨峰として、その下には世界中から、
彼らを慕った若い優れた学者のタマゴが研究にいそしんだもの
でした。
ところがこのユダヤ系とドイツ系の学者にとって、非常に不幸なこと
が起こってしまいました。
ドイツにおいて1933年ヒトラー政権が誕生したことで、突如、
状況が様変わりしてしまい、ヒトラーの反ユダヤ政策を警戒した
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