★メルマガ「軍事情報」のコラボ作品★
『数学者が見た 二本松戦争─武士道の精髄を尽くした戦い─』
著:渡部由輝
四六判並製・244ページ
発行:並木書房
定価1680円(税込)
ご注文は、並木書房 http://www.namiki-shobo.co.jp/ で
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『軍事情報別冊「数学者の新戦争論(20)
~ミッドウェー戦を制した米雷撃隊員の“闘魂”~」 』
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◇◆◇ 発行講読者数:11,099名/平成23年(2011年)6月3日(金)発行 ◇◆◇
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ついて執筆活動を展開しております。 ライター・平藤清刀
E-mail hirafuji@mbr.nifty.com
WEB http://homepage2.nifty.com/hirayan/
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● もくじ
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◎ 数学者の新戦争論(20) ミッドウェー戦を制した米雷撃隊員の“闘魂”
◎ 著者略歴
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● 数学者の新戦争論(20) ミッドウェー戦を制した米雷撃隊員の“闘魂”
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■ごあいさつ ~薄気味悪い時代になったものです~
こんにちは。渡部です。
今回は、少々“気味の悪い”はなしです。
わたしは一応、本など書いておりますが、物書きとしては三流以下の実績しかありませ
ん。今まで合わせて十数冊出版しましたが、かなり昔のことでもありますので、その
多くは絶版になっております。
ところが、そのわたしの名がネットで検索すると出るのです。過去にわたしが書いた
それら絶版になった本の内容紹介も、添えられたりしております(全冊ではありません
が)。
誰がわざわざ、手間ヒマかけてネットに書き込むようなことをしたのでしょう。出版社
側がすることはありません。その十数冊の本は、同じ出版社から出したものではないか
らです。他社の本を広告することなど、一〇〇パーセントしないはずですから。もちろ
ん、わたしがしたわけではありません。
ようするに、わたしに関する個人情報がネット上で公開されているのです。わたしの
行動が誰かに見張られている、ような気さえします。まあ、そのようにネットに載せら
れても、実害は特にありませんので、どうってことはありませんが。それにしても薄気
味悪い時代になったものです。
▽ミッドウェー海戦は日米戦の分岐点
戦争もしくは戦闘的行為において、勝利を得るための重要な条件を三つあげるとすれ
ば、どうなるだろう。作戦の巧拙、索敵の適切さ、武器の格差、兵力的優劣等々、さま
ざまな条件の中から、時代や戦争の規模・種類などに応じてその三つが選ばれるものと
思われる。
だが、いかなる時代のいかなる規模・種類の戦争であっても、その勝利に結びつく
三条件の中に確実に入ると思われるものがおそらくは一つだけある。戦闘員個々の
「闘志」である。より正確にいえば、「死地に踏み入ることを恐れぬ勇気」である。
そのような闘志、もしくは勇気の総和で上回った側が、多少の戦力差などははね返し
て、最終的な勝利を得られたりするものである。
今次大戦における日米戦において、実際にそのようなことが果たされた例があった。
ミッドウェー海戦(昭和十七年六月)である。ただし、その闘志、もしくは勇気の総和
でおそらくは上回っていたために、戦力的格差をはね返して勝利をおさめられたのは、
残念ながら日本軍ではなかった。米軍の方であった。
ミッドウェー戦はよくいわれるように、日米戦の分岐点となった戦いである。開戦以
来半年あまり、日本軍は昇竜の勢いであった。真珠湾の奇襲により米太平洋艦隊に痛撃
を与えてまず東方の安全を確保しておき、同時に西方においてもマレー半島からインド
洋一帯にまで展開していた英陸海軍を駆逐した。南方でもフィリピン、インドネシア、
ニューギニアまで席巻した。満洲から中国大陸東部地域は、それ以前に日本軍の勢力下
におさめていた。そのころ、昭和十七年六月ころの日本軍の版図は、本土を中心として
半径五千キロほどの大円になる。歴史上、一国でそれほど広大な地域・海域を制してい
た国家は、古代ローマ・モンゴル・大英帝国・アメリカと、そのときの大日本帝国以外
にない。そのことの良し悪しはともかくとして、日本人全体が活力を失い、萎縮しつつ
あるといわれる今日、そのような時代もあったことを、ときには思い起こしてほしいも
のである。
日本軍のその昇竜の勢いを、米側からすれば食い止めたのがミッドウェー戦であっ
た。それは日本軍の大敗であった。前号までにのべてきたように、当時、海戦の主役は
戦艦ではなく、航空機とそれを搭載した航空母艦の時代に移っていた。ミッドウェー戦
にのぞむにあたり、日本側にはその空母が六隻あった。そのうちの四隻、「赤城」「加
賀」「蒼龍」「飛龍」までがミッドウェーにおいて失われた。残った二隻「翔鶴」「瑞
鶴」も、その一ヶ月前の珊瑚海海戦で傷ついていた。空母がなくては攻勢はとれない。
以後、日本軍の作戦は守勢一方になり、はてはジリ貧になり、最後は壊滅的事態に至っ
たことは、あらためていうまでもない。
▽戦力は日本軍の方が上であった
ミッドウェー戦の個々の戦闘経緯については省略する。本誌の読者にとっては周知の
ことと思われるからである。ただ概略的事項について、一つだけ言っておきたい。それ
は基本的戦力においては、おそらくは日本軍の方が上であったということである。
海戦の、特に航空戦における戦力を規定する要素は三つある。「兵力(空母の数と搭
載機数)」「索敵能力」「搭乗員の練度」である。このうち、まず兵力はほぼ互角で
あった。空母は四隻(日)対三隻(米)、搭載機数はともに二百五十機ほどと、海上兵
力については日本側が上回っていたが、米側にはミッドウェー基地に航空機が一〇〇機
ほどあり、それが空母一隻の不足を補えると想定されるからである。次に索敵能力であ
るが、これは完全に米側の方が上であった。日本側の暗号は解読されており、そのうえ
日本軍にはないレーダーも米側には装備されていた。そのため、日本艦隊の動静は、
米側はほぼ正確にわかっていたのに対し、日本側は米艦隊のそれがつかめず、作戦行動
が後手、後手にまわらざるを得なかったりした。
だが、日本側にはその索敵能力の低さを補ってあまりある“もの”があった。「搭乗
員の練度の高さ」である。それはおそらく、当時だけでなく今日に至るまで、世界の空
軍史上最高的レベルにあったものと思われる。ミッドウェー戦に参加した搭乗員のほと
んどは実戦経験者であった。それも真珠湾の渡洋攻撃という難事を果たしたベテランが
多かった。そもそも、索敵がどれほどうまくいったところで、それだけでは戦いに勝て
ない。索敵結果を生かすも殺すも、それに続く実際の戦闘しだいなものである。
つまり、その実際の戦闘(空戦)における搭乗員の練度に大差があれば、索敵戦の不利
くらいはね返せるものである。ミッドウェー海戦の前哨戦において、実際にそのことが
証明された。
ミッドウェー戦を企画した日本軍の意図は、そこを占領して航空基地を築き、ハワイ
諸島から米本土をも視野に入れた橋頭保とする、というものだった。それを果たすべ
く、六月五日未明、四隻の空母から、まず戦闘機・爆撃機・雷撃機それぞれ三十六機ず
つ、計一〇八機の大編隊を発進させ、米ミッドウェー基地を攻撃した。それは米側の索
敵能力の高さ(暗号が解読されていた)によりつつ抜けになっていたので、基地にいた
米側航空機はほぼ全機、日本側編隊が到着する前に飛び上がっていた。そのうちの戦闘
機隊二十六機は、上空で待ち構えており、日本側編隊に奇襲的に襲いかかってきた。
そのような航空戦では、通常は待ち構えていた側の圧勝になるものであるが、逆であっ
た。米側はそのうちの十五機が撃墜され、残りもほとんどは被弾し、戦闘能力を失って
ようやく地上に舞い戻れた。一方、日本側は艦攻機三機を失っただけで、戦闘機(ゼロ
戦)の被撃墜はなし、三機がわずかに被弾したにすぎなかった。航空機については最高
速度など基本的性能そのものは当時、日米それほどの差はなかった。搭乗員の“ウデ”
が違いすぎていたためである。
その“ウデの違い”、より正確にいえば米側搭乗員の練度の低さが、次の艦隊攻撃戦
でさらに如実に現れた。米側の基地航空隊は日本側暗号を解読していたことにより、日
本艦隊の位置を正確につかんでいた。それを目標として基地を飛び立った米側編隊のう
ち、まず爆撃機隊十六機は急降下爆撃ができなかった。それは搭乗員としては相当以上
の技倆を必要とするものらしい。したがってその十六機は日本軍艦隊の上空に達して
も、機首を少し下げて徐々に高度を落としていくという緩降下爆撃しかできなかった。
そんな体勢でのろのろと近づいたのでは、空母高角砲や直援のゼロ戦の餌食になるのは
必然である。実際、八機が撃墜され、残る八機もほとんどが被弾し、半死半生の態でよ
うやく基地に帰り着くという有様であった。もちろん、日本側艦隊に対する命中弾はゼ
ロであった。
もう一つの…
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