報告:田山花袋の東京速成学館在籍について | 醒餘贅語

醒餘贅語

酔余というほど酔ってはいない。そこで醒余とした。ただし、醒余という語はないようである。

 令和六年五月、山口県光市の光市文化センターを訪問し、所蔵されている玉井喜作関連の文書から、田山花袋の「東京速成学館」在籍に関する内容を確認したのでここに報告する。東京速成学館は花袋の代表作の一つである『重右衛門の最後』の発端部の舞台となった学校のモデルである。これについては、少なからぬ先行研究が公刊されている。本稿では第一報ということでそれらについては省略させていただくが、学館及び設立者に関するこの一次資料は、花袋研究サイドの目にはとまっていなかったと思われる。


 資料の存在は泉健氏が執筆された「光市文化センターと玉井喜作」(『和歌山大学教育学部紀要人文科学第57集』2007)中に「速成学館生徒名簿1」、「速成学館生徒名簿2」として記載されている。現物を確認したところ、二冊の名簿の表紙には「第一学年生徒名簿 東京速成学館」、及び「起明治二十年一月 第二学年生徒名簿 東京速成学館」と書かれていた。内部には生徒および保証人の住所氏名が入学の届出日と思われる日付の順に墨書されている。また、その多くについて上部に註釈のような形で除籍、退館などの日付が朱字で書き込まれていた。


 内容から判断して、表題に言う「学年」は現代の学年ではなく、「年度」、すなわち開校初年度、第二年度の意味で用いられている。田山花袋の名が現れるのは二年目の簿冊である。該当部の写真と併せて紹介する。

 東京府牛込区市谷冨久丁百二十番地士族実弥登弟
  二月一日 田山録彌
 仝所
  保証人 田山実弥登
 

     

「速成学館生徒名簿2」(光市文化センター収蔵玉井喜作関係資料1-201)より

 

 朱字部分は「十一月三十日無届欠課ニ付除名」と読める。つまり、田山花袋は明治二十年の二月一日に入学し、十一月末まで在籍したことが分かった。無届欠課という語はきつい印象を与えるが、多くの生徒について同じ文言が有るので、そのように分類処理したということであろう。なお、録弥と実弥登の弥は同じ字のはずであるが、文書では書き分けられている。


 『重右衛門の最後』の登場人物のモデルである赤塩村の三人もやはり名簿に見える。まず武井米蔵の箇所を以下に書き写す。

 長野縣信濃國上水内郡赤塩村平民粂蔵長男
 四谷区塩町二丁目十六番地
  一月五日 武井米蔵
 四谷区塩町二丁目十六番地
  保証人 町田國三郎

 渡辺寅之助も続けて同じ形で記載されている。父親の名は「平之亟(丞の異体)」、本人は「渡邊乕之助」となっている。また、保証人の住所は単に「仝所」である。
 

 「除名」の日付は武井が九月二十一日、渡辺が十一月三十日である。前者は三十日を三十一日と誤記したのかも知れない。除名日の多くが月末であることを考えての可能性である。
 

 すでに丸山幸子氏によって翻刻されている武井日記(「花袋と短歌―武井米蔵著「京遊日記 全」・翻刻編―」、『田山花袋記念文学館研究紀要』第14号、2001)によると入学願の提出は一月六日である。町田国三郎は湯屋を営んでいた同郷の先輩で、二人の止宿先でもある。紋吉とも名乗ったようで、武井日記では両者が使われている。
 

 三人目の祢津栄輔は、保証人は無く単に

 六月四日 根津榮輔

とある。名字の用字が異なっているがそのまま記した。除名は十月三十日である。三十一日でないが、他にもそうなっている例が有る。ちなみにこの三十日は日曜である。


 小説では花袋が先に入学していたところに武井たちが来たことになっているが、実際は花袋の入学が一と月後である。武井日記が最初に花袋に言及するのが入学後一月以上過ぎた二月九日であることと符合する。
 

 日記では、武井は四月の末に帰郷し、日記も五月の二十四日で途絶えるが、除籍はずっと先である。或いは祢津の入学時に合わせて再度上京したのかもしれない。
 

 以上は小説『重右衛門の最後』に関連した部分であるが、他にも興味深い人物名がないでもない。ただし、すでに歴史資料となっているとは言え、個人の履歴に関することであるため無暗に公開することは控えねばならないだろう。仮に今後紹介するとした場合は、寄託者、管理者、他関係者との協議を踏まえ慎重に進める所存である。今回は花袋と武井、渡辺に関する部分のみを写真として示した。
 

 調査にあたっては光市文化センターの佐伯肇一郎館長、元周南市長で玉井喜作の研究をされている木村健一郎氏、玉井の曽孫でもあり多くの関連報告を出版されている和歌山大学教育学部泉健名誉教授のご協力、ご助言を得た。今回の資料写真公開については、光市文化センター、および資料の寄託者であり、やはり玉井喜作の曽孫に当たる作家香納諒一(本名玉井真)氏のご同意を得た。併せて深く感謝の意を表します。