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Xで写真に一言みたいなのがトレンドになっていた。
しばらくしてタイムラインに流れてきたのが、その元の写真を加工して笑いを取ろうとしている写真。
コメントを見ると「面白い!」的なものが多い。
私は『ルール変わってるやん』と場外乱闘感を感じて『面白い・面白くない』の外に出てしまっていると冷めてしまう。
でも、これを面白いと感じる人が多いのも事実だとして捉えないといけない。
振り返ると私は小さい頃からルールに厳しかった。
サッカーボールは爪先で蹴ってはいけないと誰かに教わった。それがルールだと思い込み、頑なに爪先で蹴らないようにしていたので、いつまでもボールを遠くに蹴る事が出来なかった。
サンドウィッチは全部一緒に食べるのがルール、マナーだと思っていたので、大人になるまでツナと卵のサンドウィッチなども別々にせずまとめて食べていた。
悪く言えば、ルールの枠を飛び出す事の出来ない臆病な人間なのだ。
しかし物事、お笑いにはルールがある。
一定のルールがあるから、ある程度みんな揃って楽しむ事ができる。
ただそのルールも人によって違うから難しい。
落語で立ち上がってウロウロ歩き出したらその時点で落語ではなくなると思う。
でも、人によっては斬新で面白かったと言うかもしれない。
枝雀師匠の落語の中で膝立ちで座布団から大きく離れて進んでいくくだりがある。私はこれに涙を流して笑った。
涙を流して笑うなんて、水曜のダウンタウンで過酷なロケを強いられ苦しんでいる芸人を見る時くらいしかない。40を過ぎると極限状態の人間を見る事でしか笑えなくなってくる。
そんな渇いた中年に、誰も苦しんでるところを見せずに涙笑いを起こさせるなんて枝雀師匠は本当に凄まじい。
枝雀師匠が座布団からいくら離れようと落語だが、同じ事を違う人がやったら落語に見えない気もする。
『落語とはこういうもの』が振りになっているので、座布団から遠ざかるという事自体がボケになりそれが笑いになる。落語を振りにしているので厳密に言うと落語ではないとは思う。
ただ、これを笑わせて納得させるのがプロの凄み。
これを素人や上手くないプロがやると『悪ふざけ』にしか見えなくなる。
その人が何をやっても落語。その人自体がルール。座布団の遠くにいる枝雀師匠は何度見ても格好いい。
私はルールにうるさいので自分のルールからはみ出す事はないが、私もいつか座布団からはみ出したところで『落語』を出来るようにはなりたい。
今日はらくごカフェで幸丸師匠の会です。
15時半開演と18時半開演!
ぜひお越し下さい!
https://rakugocafe.exblog.jp/33969795/
月に一度の読書感想文
https://x.com/warau_web/status/2061191178205503957?s=46&t=wLksdxto3DcRenLQXi0IHQ
希望は案外、小さな出来事の中にあるのかもしれない。
— 話楽生Web(わらうウェブ) 公式X (@warau_web) 2026年5月31日
『あかね噺』をきっかけに落語会へ来た若い女性客。ある実話エピソードが、小惑星衝突を描く小説の感想とつながっていく。茶光さんの優しいまなざしが伝わる一篇。#落語#笑福亭茶光「<書評>どうせ世界は終わるけど」https://t.co/S5eIKK7rou pic.twitter.com/lGQe9ud7jc

