僕は結局一度も彼と言葉を交わす事ができませんでした。


高2の頃、同じクラスに一際哀愁を放つ漢がいました。

短い休憩時間はいつも机につっぷして寝たふりをし授業が始まると必ず寝起きの感じで起き上がる、僕以外誰も注目していなかったはずの彼が寝起きの演技を欠かす事は一度足りともありませんでした。


彼のスリッパは皆と色が違います。

彼は留年したのです。つまり先輩。タブーな存在として誰も彼に触れる事はできなかったのです。

それ故に彼の哀メンとしてのオーラは他を寄せ付けないものがあります。

そして僕が彼に最も哀愁を感じる瞬間。


自転車通学をしていた彼は自転車置き場から校庭を出る間必ず、




『両手をポケットに突っ込んで手放し運転で学校を出ていく』



その堂々とした姿は周りの生徒に対する無言の『俺は実はイケてるアピール』なのです。
僕には彼の無言のアピールがはっきりと聞こえます。


その後彼がどうなったかはわかりませんが、手放し運転を見ると僕は今でも必ず彼を想い出します。