大輔の朝は早い。
散歩をして、朝食をとって、はじまる時間より前に、病院に向かう。
出入口には同じような人たちがいて、ひとこと、ふたこと挨拶を交わす。
待合室で座っていて、看護師がだんだんと声を大きくしていく。
途中で自分の名前だと気がつく。
はじめの頃はイラついたものの、今では慣れて笑顔で応じるようにしている。
病院はいい。
誰かが自分のことを気にかけてくれるから。
と大輔は思う。
ひとりで暮らしていると、まるでこの世の中にたった一人取り残されたんじゃないかと感じる時がある。
果たして、自分は死ぬまでこうしてたったひとりで生きていくのかと思うと、気が遠くなる時もある。
しかし大輔にはひとつの決意があった。
就職してから定年まで一筋に勤め上げた社会人人生を振り返ると、死ぬまでの長さに耐えることなど何でもないと思えてしまうのだ。
この体で、死ぬまで、生き抜いてやるから、よく見ておけ。
老いてもそんなプライドだけは捨てたくない。
と思う大輔である。
だが同時に、頑固にはなりたくない。
年老いて頑固になり手に負えなくなった老人を見ると、なんと痛々しいことか、と思う。
自分はそうはなりたくない。
と思う大輔である。
大輔は自分でよく料理もする。
第一に、認知症予防であったし、第二に、よい暇つぶしでもあった。
今日の晩御飯はナスの田楽である。
ナスは自宅でとれたものだ。
ベランダにプランターを買って種から育てた野菜を収穫するときの喜びといったら。
また大輔は習字を趣味としていた。
たったひとり、半紙に向かい墨をすっていると無心になれて精神的にとてもよいのだ。
半紙に、大きな文字で「希望」と書く。
手本はネットで見つけた文字のうまい人たちだ。
文字を書き終わって、一息つく。
筆を洗って、お茶を淹れる。
それをありがたく、ゆっくりといただく。
死ぬまでこうしておれたらいいな、と思う大輔であった。
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