みじかい小説 / 009 / 美智子の定年 | くさかはるの日記

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夏休みも終わり、小学校に子供たちの姿が戻ってきた。

そんな子供たちと大きな声であいさつを交わしながら、美智子は門をくぐる。

これまで幾度となく繰り返されてきた朝の光景だ。

けれどこの光景も今年で見納めかもしれない。

 

相場美智子は、23歳の時に就職して以来、ずっと同じ、このあけぼの小学校に勤めてきた。

元々子供が好きだった美智子にとって、小学校の教師は天職だった。

20代の頃は若さ故か、教員同士の人間関係に苦労したけれど、30代、40代と、年を重ねるごとに発言権が増していき、働きやすくなっていった。

 

50代になるとぜひ教頭にと推す声もあったが、美智子はそれを断り現場に立ち続けてきた。

そして今年、美智子は60を迎える。

定年退職しようと思えばできる年齢になり、美智子はひとり悩んでいた。

50歳を超えた頃から体の節々が痛むようになり、もう最近では歩くたびに膝が痛くてたまらなかった。

55歳を超えたあたりから腹に力が入らなくなり、声がしわがれるようになってしまった。

若いころは高音まで出る自分の声を密かに誇らしく思っていたのに。

 

「もう、潮時かしらね」

夫にそう、ぼやいてみる。

美智子と夫は職場結婚だった。

二つ年上の夫は既に60歳で定年退職している。

「今年いっぱいで退職しちゃって、あとは一緒にセカンドライフを楽しもうよ」

と夫は言う。

「セカンドライフって言ったって、一体何をするのよ」

「一緒に小学校のボランティア活動に参加するっていうのはどう?それに習い事を楽しむっていう選択肢もある」

夫の提案に、美智子は悪くない思いがした。

そうだ、定年したって人生は続く。

定年したって小学校と関わり続けることはできるのだ。

それに、今の年から習い事か、なんだかこそばゆい思いがする。

「干支も一周まわるし、新しい人生のスタートをきってもいいかもね」

美智子はそう言うと、子供のように顔いっぱいの笑顔を夫にむけるのだった。

 

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