【某氏さんのエッセイより】

 岩崎氏の新日本百名山の選定基準は「シルバー世代も無理なく楽しく登れる山、全都道府県を網羅する」ということだそうです。この基準を持って、この100山に「名山」と冠すること自体に無理があるような気がします。奇をてらうような100名山などとはせずに『シニアのための日本の山100』とか、惑わせないような名前のつけ方を考えるべではなかったでしょうか。紛らわしい呼び方に一考が欲しかった気がします。

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【月刊岩崎元郎登山新聞より】

 日本百名山は、深田久弥さんが、山の品格・歴史・個性に、およそ1,500m以上という条件を付加して選んだ山だから、ハードな山も少なくない。50歳代ならまだしも、60歳を過ぎてから、日本百名山を完登しようという目論見は、皆が皆とは言わないが、無理と思われる人は多い。その代わりにどうですか、と考えたのが「ぼくの新日本百名山」なのだ。毎年、無名山塾では新春懇親会を開催している。その席で、「父は、山の側から百名山を選びましたが、岩崎さんは登る側から選ばれましたね、マーケティングですね」と、久弥さんのご長男である森太郎さんが、ご挨拶して下さった。我が意を得たり、という思いで嬉しかった。
http://www.iwasaki-motoo.com/home.html


【深田久弥の100名山から外した山】

羅臼岳 斜里岳 トムラウシ 十勝岳 幌尻岳 八幡平 早池峰山 飯豊山 会津駒ケ岳 那須岳 越後駒ケ岳 巻機山 燧ケ岳 至仏山 苗場山 火打山 高妻山 皇海山 奥白根山 武尊山 赤城山 草津白根山 浅間山 五竜岳 鹿島槍ケ岳 薬師岳 黒部五郎岳 水晶岳 鷲羽岳 常念岳 笠ケ岳 焼岳 美ケ原 蓼科山 甲武信岳 瑞牆山 大菩薩嶺 空木岳 恵那山 北岳 間ノ岳 悪沢岳 聖岳 光岳 伊吹山 大峰山 霧島山 宮の浦岳


【岩崎氏が新たに100名山に選んだ山】

礼文岳 藻岩山 恵山 大尽山 白神岳 七時雨山 栗駒山 秋田駒ケ岳 太平山 霊山 一切経山 奥久慈男体山 荒船山(クレヨンしんちゃん遭難) 鳥場山(千葉) 天上山(神津島) 神山(箱根) ドンデン山 富山朝日岳 人形山 農鳥岳 櫛形山 志賀山 唐松岳 爺ケ岳 燕岳 岐阜大日ケ岳 沼津アルプス 鳳来寺山 武奈ケ岳 愛宕山 岩湧山 六甲山 氷ノ山 大峰釈迦ケ岳 和歌山烏帽子山 三瓶山 蒜山 広島弥山 東鳳翩山 飯野山(讃岐富士) 稲叢山 英彦山 黒髪山 普賢岳 由布岳 高千穂峰 永田岳 於茂登岳

 

 

 

 

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四阪島をご存知の方はいらっしゃいますか?

四阪島は、もともと別子銅山の精錬所でした。

 私の住んでいた幼少の頃は、既にニッケルの精錬だったようですが、住民は、三、四千人もいたでしょうか。その工員たちの家族のための社宅が必要で、水も食料も、みんな船で運ばれてきました。よくもこんな離れ小島にとお思いでしょうが、それには経緯があるのです。

 公害問題でした。

 それも明治時代のことです。新居浜にあった精錬所の煙突から出る煙が、農作物はおろか漁業にまで影響を及ぼし問題になっていました。
 今でこそ、亜硫酸ガスは硫黄に回収されるのですが、当時は死活問題でした。これは足尾銅山とて同じでした、しかしここはいちはやく、瀬戸内海の無人島に工場を移す決断を下しました。
 たとえ煙突を無人島に移しても、煤煙をまき散らすことには変わりないのですが、ともかく、当時としては大変な英断だったのです。

 しかし今はもうこの小島に住民はいません。

 まだ少数の社員が船で通っているとも聞きますが、ここに写っている社宅の殆どは、とっくの昔に焼き払われ、今は現存しないのです。
 ですから、今もこの島に受け継がれるものは、公害に対応した日本初のモニュメントと、かつてここで生まれ育った人々、その一人一人の胸の内に残る想いなのです。


   ・ 故郷の無人の島や蝉しぐれ


   ・ 夏まなこ輝き一瞬少年忌


https://twitter.com/u_gen_mugen
https://www.youtube.com/watch?v=8WEqU25unU4

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『日本書紀』によると、今日は、紀元前660年神武天皇即位紀元元年1月1日。(2月11日はグレゴリオ暦)。




     【2016冬】


   ○ 新年は下駄の遠去る音で来る

   ○ もしや蛾が背乗りしたやも冬の蝶

   ○ ご辞退といふ選択のくさめかな

   ○ しぐるるやブルーシートが仕事する

   ○ 冬耕の後でよかばい藁人形

   ○ 平成ノ責任誰ガ鳥春ノ



 http://kabanehosi.up.seesaa.net/image/syutuji.htm

 http://blog.goo.ne.jp/sumomo_218/e/86caf4d93a98e776f11c8ce151698edf

 http://news.livedoor.com/article/detail/12488516/


    

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【2016秋】                          秋篠寺




   ○ 龍の息淵に潜みし竜田川

   ○ 秋深し気づけば気づく耳に穴


   ○ 弓を引く勝手定まり宣長忌

   ○ 独身を通せし家や秋簾


   ○ すめらきのすみなすところあきしのの

   ○ 長き夜を万世一系アミダで遊ぶ
    


※ 兄も兄だが、どうも秋篠宮という方あかんですなぁ。世阿弥は「秘して花」と言った。言いたいことを語らず、伝えたいことを伝える。日本の伝統には、そうしたスタイルがあったように思う。尊い方は何もおっしゃらないのがよい。黙して簾の奥に座しておられる、それが権威ではなかったでしょうか? 

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【外国人が見た日本人の宗教観】

●スミス主教
 一団の子どもが社殿のすぐ傍らで踊ったり、跳躍したり、取っ組み合ったり、とんぼ返りをしたりした。そしてたがいに脚を掛け合ってひとりが地響きを立てて倒れると、愉快そうな笑い声が社殿の屋根を揺るがすのだった。

●ブラウン(「S・R・ブラウン書簡集」 宣教師)
 ブラウンが日本人と共に創世記を読むと、その日本人は、人間は神の最高の目的たる被造物であるというくだりに来ると、『何としたことだ、人間が地上の木や動物、その他あらゆるものよりすぐれたものであるとは』と叫んだ。

●ブラント(「ドイツ公使の見た明治維新」)
 孫の足が悪いので天狗さまの足をさすって願掛けしている老婆をみて、同行の医者にその子を診察してやることになる。これが縁で手術を受け足は完治する。ブラントが「天狗のところへ行くかわりに、すぐに医者へ行く方がよくはなかったか」と問うと彼女は「そうかもしれませんけれども、天狗さまにお詣りしませんでしたら、あなたさまにもお目にかかれませんでしたろう。」以来、私は迷信打破の努力をやめることにした。

●シッドモア
 亀戸天満宮の梅林で、老人が茶をすすりたばこを一服しながら、やおら矢立てをとりだしてさらさらと書き付け、顔をほころばせ、うれしそうにささやきながら下駄をつっかけ、一番魅力的な梅も木まで足を運び、さっきの紙片を枝々にくくりつける光景を目撃した。こんな愉しい馬鹿馬鹿しさが、どこの国にありうるだろうかと思った。

●リンダウ
 宗教に関しては、日本人は私の出会った中で最も無関心な民族である。

 

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【2016夏】



   ○ 山蛭のふくらむを見て待てるかな

   ○ この蝉は仰向けままに果てるかな


   ○ 草いきれ此処財務局国有地

   ○ 黒南風よ耳壺なんて猫の名よ


   ○ 植木屋が枝に居座る夏の月

   ○ たそがれや顔もおぼえぬ涼しさ






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~外国から見た江戸時代以前の日本~【逝きし世の面影】 渡辺京二著
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=316977&h_d=1521&m_d=f33071


●ヒュースケン(通訳)の日記 1857(安政4)年12月7日

 いまや私がいとしさを覚え始めている国よ。この国の人々の質樸な習俗と共に、その飾り気のなさを私は賛美する。この国土の豊かさを見、いたるところに満ちている子供たちの愉しい笑い声を聞き、そしてどこにも悲惨な物を見いだすことが出来なかった私は、おお、神よ、この幸福な情景がいまや終わりを迎えようとしており、西洋の人々が彼らの重大な悪徳を持ち込もうとしているように思われてならない。


●リンダウ

 いつも農婦達の素晴らしい歓迎を受けたことを決して忘れないであろう。火を求めて農家の玄関先に立ち寄ると、直ちに男の子か女の子があわてて火鉢を持ってきてくれるのであった。私が家の中に入るやいなや、父親は私に腰掛けるように勧め、母親は丁寧に挨拶をしてお茶を出してくれ、最も大胆な者は私の服の生地を素手で触り、ちっちゃな女の子がたまたま私の髪の毛に触って、笑いながら同時に恥ずかしそうに、逃げ出して行くこともあった。いくつかの金属製のボタンを与えると・・・『大変有難う』と、皆揃って何度も繰り返してお礼を言う。そして跪いて、可愛い頭を下げて優しく微笑むのであったが、社会の下の階層の中でそんな態度に出会って、まったく驚いた次第である。私が遠ざかっていくと、道の外れまで見送ってくれて、ほとんど見えなくなってもまだ、『さようなら、またみょうにち』と私に叫んでいる、あの友情の籠もった声が聞こえるのであった。


           江戸時代のカラー写真 古き良き美しい日本
           https://www.youtube.com/watch?v=O23oPg6GImE

 

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【2016春】



   ○ 河津桜道中古販売管弦楽


   ○ 箸置きてをなごをなごを卒業す


   ○ 亀鳴くと言はれてみれば其れなりに
 

   ○ 春光のまさりつつ水まざりつつ


   ○ おっとっと片脚けんけん春動く


   ○ 逃水のごと定まらぬ地震の怪





♪ Gigliola Cinquetti La primavera
https://www.youtube.com/watch?v=L26xIjOJSHI&index=28&list=RDkPutjIBGRPk


 

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 【2015冬】


    ○ 霙るるや石屋の先に墓地である

    ○ 裸木のおおむね骨はヒトである


    ○ マフラーを巻いてくださる首絞まる

    ○ セーターの毛玉とつてるマクドナルド


    ○ てのひらに並べ浮き見ゆ龍の玉

    ○ お祓いし井戸を埋めます龍の玉


【ペルト作曲タブラ・ラーサ】
https://www.youtube.com/watch?v=8HON4AswPVk

◆タブラ・ラーサ(ラテン語: tabula rasa)とは、白紙状態の意。蝋などを引いた書字版を取り消して何も書き込まれていない状態。感覚論において魂は外部からの刺激による経験で初めて観念を獲得するとされており、その経験以前の魂の状態。ロックの用語とされるが古くからある概念。プラトン、ストア派、特にアリストテレスに同様の考えがあり、タブラ・ラーサはアリストテレスの訳語としてローマのアエギディウスが考案したとされる。後にアルベルトゥス・マグヌス、トマス・アクィナスが用いて定着した。経験主義の比喩。原義はラテン語で「磨いた板」の意味。人は生まれたときには何も書いていない板のように何も知らず、後の経験によって知識を得ていくというものである。


 

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~ススキ(在来種)と背高泡立草(外来種)とのバトル~

【2015秋】


    ○ 足柄に古道のありて蓼の花

    ○ 背高泡立草みるみる爺の鎌踊


    ○ 天高し日本人なら米を食ふ

    ○ 家畜は家畜を覚えず馬肥ゆる


    ○ 内耳からちちろちちろと除染中

    ○ 見えぬもの里芋畑に降りしきる

 

 


 ♪ https://www.facebook.com/eudesjan/videos/954616604596849/
         
 国も歴史もかのようにつくられてゆくという示唆としての見事な演奏であります。それが神の手であろうが魔の手であろうがどうでもよろしいのです。・・・と、ご主人様は申しておられます。

 

 

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    【2015夏】



   ○ 巨蝙蝠の逆しまを彼と呼ぶ

   ○ 銅像の鼻毛気になる木下闇


   ○ 野分なり夜半の阿修羅今朝の夜叉

   ○ 利き手ではない手を使ひ蚊を払ふ


   ○ 堪ヘ難キヲ堪ヘ堪ヘ難キヲ堪ヘ猛暑カナ

   ○ みちのくに笑窪咲かせむ帰省の子





-----------キリトリ線--------------------------------------------------

 今日15日は敗戦記念日です。人は終戦記念日とも申しております。普段テレビなど見ないですが、あの忌々しい日航機墜落事故(この事件から日本の災難が始まった)と同じ日に隣国天津で爆発事故があったというんで、メデイアは何んて言ってるかと思いまして、点けてみたらいい気なもんで戦争映画の宣伝などやっているではありませんか。それも「日本のいちばん醜い日」とか「妻にひかれて特高兵」とか、正直あれあれと思いました。あの戦争はもしか勝っていたかもなんて考えられる人には終戦記念日、初めから負戦よと思っていた人には敗戦記念日、おおかたのメデイアは逆だと思うのですが(?)。でも何んで原爆第一号被爆地がカルフォルニアでなかったのかまでは思いもしない。あの玉音放送には何か訳ありの裏でもあったのかなどと首をひねるのです。



        ○ 涼しかれ傾ぎて首は胴離る

        ○ 堪ヘ難キヲ堪ヘ堪ヘ難キヲ堪ヘ残暑カナ
 

 戦後、もしや天皇家とロックフェラー家とは対立し合っていたのではないか、安倍内閣に亀裂が入りつつある理由もやはり天皇との確執が原因か、こんな穿った声も聞こえてきます。



                        

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2015春


     ○ だめだめしいやと落ちたり紅椿

     ○ いさぎよく別れしあとの桜蕊


     ○ 風蒔いてつむじ風刈るげんげ畑

     ○ 311かの日よりミレーは晩鐘


     ○ おい葱坊主根も葉もないとゆうでない

     ○ 平成のますます朧なりしかな



※ さきほど春の天皇賞が終わりました。ゴールドシップのまくり一発、その勝利は狙い通りでした。ゴール手前まで馬単01-02で90倍的中と喜んでいたら、なんと予想だにしないハーツクライ産駒の馬が、ものすごい鬼脚で突っ込こんできて2着・・・・あ~あ、おい、そんなのありか? そのときの気持ちがこんな感じ。。。。。
        ↓    
    https://www.youtube.com/watch?v=Zat-qwh8OTQ



【天皇賞】 http://web-cache.stream.ne.jp/web/jra/onetag/subwindow.html?movie=rtmp://fms-jra.stream.co.jp/jra-fms/_definst_/mp4:jra_seiseki/2015/0503/201503080411&ua=4&type=2&thum=


                                       ヽ(^。^)ノ