【2016秋】 秋篠寺
○ 龍の息淵に潜みし竜田川
○ 秋深し気づけば気づく耳に穴
○ 弓を引く勝手定まり宣長忌
○ 独身を通せし家や秋簾
○ すめらきのすみなすところあきしのの
○ 長き夜を万世一系アミダで遊ぶ
※ 兄も兄だが、どうも秋篠宮という方あかんですなぁ。世阿弥は「秘して花」と言った。言いたいことを語らず、伝えたいことを伝える。日本の伝統には、そうしたスタイルがあったように思う。尊い方は何もおっしゃらないのがよい。黙して簾の奥に座しておられる、それが権威ではなかったでしょうか?
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【外国人が見た日本人の宗教観】
●スミス主教
一団の子どもが社殿のすぐ傍らで踊ったり、跳躍したり、取っ組み合ったり、とんぼ返りをしたりした。そしてたがいに脚を掛け合ってひとりが地響きを立てて倒れると、愉快そうな笑い声が社殿の屋根を揺るがすのだった。
●ブラウン(「S・R・ブラウン書簡集」 宣教師)
ブラウンが日本人と共に創世記を読むと、その日本人は、人間は神の最高の目的たる被造物であるというくだりに来ると、『何としたことだ、人間が地上の木や動物、その他あらゆるものよりすぐれたものであるとは』と叫んだ。
●ブラント(「ドイツ公使の見た明治維新」)
孫の足が悪いので天狗さまの足をさすって願掛けしている老婆をみて、同行の医者にその子を診察してやることになる。これが縁で手術を受け足は完治する。ブラントが「天狗のところへ行くかわりに、すぐに医者へ行く方がよくはなかったか」と問うと彼女は「そうかもしれませんけれども、天狗さまにお詣りしませんでしたら、あなたさまにもお目にかかれませんでしたろう。」以来、私は迷信打破の努力をやめることにした。
●シッドモア
亀戸天満宮の梅林で、老人が茶をすすりたばこを一服しながら、やおら矢立てをとりだしてさらさらと書き付け、顔をほころばせ、うれしそうにささやきながら下駄をつっかけ、一番魅力的な梅も木まで足を運び、さっきの紙片を枝々にくくりつける光景を目撃した。こんな愉しい馬鹿馬鹿しさが、どこの国にありうるだろうかと思った。
●リンダウ
宗教に関しては、日本人は私の出会った中で最も無関心な民族である。