「気取ってる」
そんな言葉を久しぶりに聞きました。
「生意気」とか、「通ぶっている」とか。
それを聞いて、すごく違和感を覚えた。
「気取っている」と言った人の中に、劣等感、コンプレックスや嫉妬を感じたから。
確かに、人を嫌な気持ちにさせるような振る舞いをみて、
「気取っているな、あいつ」というのはよくある話だと思うけども、
(だから常に謙虚さとか、TPOを考えた行動をしなくてはいけないなと強く感じた)
素直に、「それ良いね!」って思えたら、世界は変わると思う。
自分の環境を、自分が生きやすいように変えるには、自分の心のあり方や
モノの見方を変えればいい。
だから、どこにいたって、なにをしていたって、関係ない。
(それを実行するのはとても大変なことなんだけど。レッツトレーニング!!)
今朝、UFJのATMが電車で20分の街まで出ないとないことを知り、
リアルに落ち込み、自然と涙が流れました。。(大げさだけど、ほんとの話)
だって前まで何だって徒歩圏内で済む池袋という都会に住んでいたのだから
そのギャップに戸惑うのは仕方ないと思いつつ、絶望を感じた。
でも今の環境で楽しめるかどうかは自分次第だとすぐ立て直し、
おいしいご飯屋さんを探した。
そしたらなんと、近所に食べログtop500の蕎麦屋さんがあることを発見!
次に、近くの駅にラテが飲めるお店が出来たことも!
少しウキウキして蕎麦屋さんへ行ってみた。
風情ある佇まい。こんなところに、こんな場所が!!
味は、美味しかったですが、あんなに少ない量で高い!と文句。
私にはまだまだ「良さ」が分からないお店でした。
帰りの車の中、なぜあそこがtop500なのか話し合いをしました。
・きっと私たちが知らない、すごいこだわりや技術があるのだろう
・庶民には分からない良さなのだろう
・上品さなのだろう
・だけど少なすぎて、高いよね、わざわざ行って「これ?!」みたいな拍子抜けしちゃうところあるけど、「でもtpo500のお店はそうゆうモノなのですかね、ほほほほほ」って悔しいけど言いくるめられそうだよね(本当の味を知らない庶民だから)だけどあの場所にあって、庶民には分からないって違うよね?
とか。
結論は、
上品だけど気取ってなくていい雰囲気の女将さんが素敵ってこともあるよね
と
何事も話のネタだよね
と
もっと美味しいものを食べて舌を肥やして、本当に良いものを分かる人になりたい
ということでした。
蕎麦屋さんに行っただけだけど、
人と時間を共有できて、気持ちを共感できたのはすごく嬉しかった。
やっぱりお金と時間を使ったから、なにか得たいよね。
一瞬一瞬を大切にするってこうゆうことかな、と思う。
次に、コーヒー屋さん。
あんなど田舎で何もない場所に、
本格的なマシーンでエスプレッソを淹れるお店があることに心底感激した。
店主のこだわりを感じたし、
「妥協してなくてどうもありがとうございます」と思った。
それってお金払う価値あるよね。
もっとこだわりを言うべき、伝えようとすべきだと思う。
そして、私自身もっとこだわりを肌で感じられるようにすべきだと思う。
人のこだわりに触れたいし、それに対して対価を払いたい。
お金を払うってことにたいして、無頓着すぎるよ。
気持ちよくお金を払いたいし、払ってもらいたい。
どういうときにお金を払いたくなるか。
