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昨年のBandリハ

風邪


おはようです。まるでTwitterみたいに書きますが発熱です。今日は何も書けそうになくすいません。あとメール対応もすいません。


広島城(鯉城) 近現代史的?

全国的にはまったく有名でないお城である広島城です。昨年ニュースで戦前に堀を埋め立てて100年との話がありました。

昨年ですがに行きましたが、実は小学生の頃、お城が好きでした。なんでか今でも不明。ただ言えるのは近現代史について大人になるにつれて興味が尽きない私としては、このお城というのがスタートだったのかもしれません。中学では急激に歴史の成績が良くなったりしたし・・・。

皆さんご存知ですが、広島です。今あるのは昔のものでなく戦後に鉄筋コンクリートで復元したものです。実は明治時代には国宝であったお城でした。

そして小学生の時から地元にあるお城である広島城には愛着があって、当時色々と読み物で調べたりしていました。

その時に知ったことは・・・。このお城は、姫路城のように色は違えど様相はまったく一緒であったのです。要は天守閣かあり左右に小天守があった、今でいえば「超立派」であったそうです。復元したときには天守閣のみにとどまり、天守閣と小天守を繋ぐ廊下も復元されることはなかったのです。どうも写真を見ると明治段階で小天守は壊されていた可能性もある写真もありました。よって全て復元は写真にしろ何にしろ資料が無いから正確な設計ができなかったのだと思われます。(また当時の復興予算もあったと思うけど)

これも話が長くなりそうですが・・・。もしあの悲惨な原爆がなければ、凄い名城として人々がやってきたことでしょうね。でもこれも歴史のです。
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もう71歳だっけ?

よいよい良いお年寄り?いや失礼な。まったくもってRockを若者文化として片付けていた人たちの一人Paulですが、もちろん60年代~80年代までの海外アーティストが本当に50歳代を超えていき更にstone'sも含むあらゆるイギリスアーティスト達もアメリカアーティスト達も70歳代を迎えまさか本人たちが、この年齢までRockをしているとは思ってなかったでしょう。

そして海外アーティストが今日本のRockシーンに道しるべを残していってくれている。
それは日本Rockでまだ70歳代の人で第一線で活躍する人はほぼいない。
そうこれからの日本の音楽も70歳超え様がカッコよくパフォーマンスをみせてくれることでしょう。
それにしても米英その他の国のRockアーティストの凄さを感じます。


あれ?


ですが・・・昨日何かムカついていて大音量でギターを弾きまくり(もちろんお昼ですよ)初心者以下となった自分に唖然としなかせらも、DVD"RockShow"を流し見していました。そうしたら・・・。あれと思った!

そうブラスメンバーの紹介のところ"Beware My Love"の演奏後のシーンです。4人を紹介していくPaulなんですが、それは旧盤VHS等では大分音声の大きさというかなんてとうか違う。そう紹介した時のバックの音がオフ気味であり、そのあとに機関銃の音が目立っていた・・・でも今回の新しくなったDVDにはほとんど聞こえない。あのシーンって結構カッコよかったのですが・・・。でも私が勝手にに想像しました。実はこれ後から入れた音なのかもしれないって。だって映画"RockShow"ってわざわざファン?を呼んで映像を見ながら歓声を追加録音したとのことがあったはず。もしやそれに関係しているのではないかと。そうなれば今回の新しいのはサクラの歓声は無いものなのかもしれないって!。私の勝手な想像でした。旧盤と新を聞き比べた方がいらっしゃるかとも。そして他にも違いがあるのではないかと・・・。PaulMcCartney恐るべしです。とにかく色んなものを出して収録曲で期待を裏切ったりや、でもアーカイブが高いからにもっといろいろなものを入れてほしいというご意見がある。でもこの人のファンである以上こんなこと慣れてしまった。そこがファンのサガなのかも。

一応、旧画像を載せときます。手元に新"RockShow"がある方は時間があれば比べてみてください。私の聞き間違えかもと疑いながらです。

この動画の5分28秒からのところです。

近現代史的:嫌な時代ですね。20世紀初頭

19世紀の覇権国家であるイギリス。帝国主義でもあり且つ世界に多く植民地をもつ国として存在した。

植民地・・・帝国主義の時代にはヨーロッパ各国は20世紀が始まると新しい利権を求めアジアに目を向ける。

イギリスはジョージ5世、ドイツはウィルヘルム2世、そして世界一の富を誇ったロシアのニコライ2世。この3国の指導者は、自分達の私利私欲の為に植民地政策と領土獲得を常に狙い3国同士で隙がないかと動いていた。

※ちなみに、イギリスのビクトリア女王の孫がジョージ5世とドイツのウィルヘルム2世であったことは第一次世界大戦で敵同士となってしまう歴史上の皮肉があります。

この一触即発の状態からサラエボ事件として、オーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者フェルディナント夫妻が銃撃たところから各国の宣戦布告により第一次世界大戦が始まった。

20世紀初の世界大戦で直ぐに終わるかと思われたナポレオン時代のような戦闘を信じていた兵士は後に大量殺戮となる兵器が数々出現し20世の戦争の形を作りあげたといえます。

ですが近年は私も数年前に知りましたが、専門家の間では日露戦争(1904年~)が実は「第0次世界大戦」と言われているようです。

実質の戦いは日本とロマノフ王朝としてのロシアとの2国での戦いであったこと。
ではなぜ「世界大戦」と考えられたのでしょうか?

当時ロシアは皇帝ニコライ2世の元、中国東北部にあるロシアの軍港ウラジオストックを太平洋に向けての軍事力を強化し、旧満州である地域を納め様と考えていた。それが明白となったのは、シベリア鉄道の建設の発表であり、日本はロシアが後に朝鮮半島まで狙い、その後日本に侵略を許すことになるのではと考えるようになる。

日本政府はロシアと朝鮮半島についての領有につき外交交渉を進めていたがロシア側は妥協をすることにく外交交渉は決裂する。

その他各国は中国に対しての利権を巡って色々な思惑をもっていて、アメリカはロシアが太平洋一帯に軍事的圧力を持たせてはならないことや、中国との貿易に対しての有利に進めたいためにはロシアをけん制したい思惑があったこと。

ドイツのウィルヘルム2世は隣のフランスに対して狙いを向けていた。だがその逆には大国ロシアが存在している。よってロシアと日本と戦えばドイツはロシアから攻められることはない上にフランスとイギリスに集中することが出きるとし、ロシア:ニコライに対してウィルヘルムは日本と戦うように手紙でニコライを戦争へ向かわそうとする。

日本が植民地化しないために始まろうとしている日露戦争の裏にはアメリカやドイツなど自分達の利権の為に替わりに日本とロシアが戦争をしてくれといった形が今ははっきりしています。

アメリカ大統領:セオドア・ルーズベルトは側近に対して「日本は我々の為のゲームをしてくれている」や「勝利を続けている日本がこのまま勝てば極上のサービスを用意している」とも発言している。

この帝国主義の時代の国家間の弱肉強食・・・今では信じられない時代。
日露戦争の後遺症は結果、第二次世界大戦での敗戦へのプロローグだったことが実はいえるのです。その話はまた出来ればしたいと思います。

また日露戦争については詳しくは長くなるのでいつの日か私の反戦的に書きたいと思います。



米ドラマ80s

私の年齢だとこんなの見ていました。

今から30年前ぐらいに日本でも放送された、ドジなスーパーマンが事件を解決していくコメディーというのか?なんなのか分からないドラマでしたが、そのスーパー・マンは、スーツの取扱説明書を無くしたばかりに能力の使用方法を試行錯誤しながら頑張るドラマでした。何せ空を飛ぶのも安定しないし、すぐに落下してしまうなど・・・そんなSFなのかコメディーなのか。
過去1990年代に深夜に再放送がありました。その時ビデオ撮りをしていたのですが、トムとジェリーのビデオテープ同様にカビにやられて、再生した場合はビデオデッキが壊れてしまう勢いのテープでしたのて残念ながらすべて捨ててました。
どうも、この『アメリカン・ヒーロー』は一昨年DVDボックスとして(5ボックスも)発売されていることを知りました。但しこれが収録に対して価格が15000円近くしたりあまりの高さに買う気力もなくあきらめてましたが、3年前に中古の格安で購入しました。ボックスの傷なんてきにせずに・・・。ちなみに「パム」と言う女優さんの声は戸田恵子さんです。アンパンマンじゃん!。

アメリカの敵日本をしる-近現代史ネタ

"アメリカの敵・日本を知る" アメリカ製作フィルム 1945年 監督フランク・キャプラ
【文章には引用があります/また乱文ですいません】

FBでは音楽や近現代史やら政治ネタやとやっております。実は明治以降から現在までの世界ににわたる近現代史か好きな人です。そして戦争についても色々と調べております。たまには小難しい話ですいません。



第二次大戦当時に作られた米国民に向けた敵国である日本の精神的背景に迫ったものです。今の若い人たちが見れば笑ってしまうことで終わるかと思います。

ここで描かれる日本人とは軍国主義と武士道、神道との関連を強調。。武士道とはだまし討ちの方策というのが向こうの結論だが、それよりも非人間的な価値観を米国民に押し付けているという感じがしてなりません。更に描かれている結果としては無害だった神道を狂信的で害毒なものに変えたのは明治政府というのである。

教育は知性を涵養する場ではなく、無批判に上の指示に従う機械を製造する場であることという。労働者、農民も機械道具同然という描写は、そこまで言うかと思うが、これが国策映画ということを忘れてはいけない。わざと悪意に満ちた描写は当然というば当然です。戦争中ですし。

ちなみに、この作品は日本の劇映画からの引用あり、戦争映画や時代劇作品だが、「五人の斥候兵」「土と兵隊」「兄とその妹」といった作品が使われていたりする。

更にここで問題とされているのは今でも疑問と否定がある内容「ハコイチ」の部分です。
「ハコイチ」とは「田中メモ」とも言われ第26代内閣総理大臣田中義一が1927年(昭和2年)、昭和天皇へ極秘に行った上奏文であり、支那侵略・世界征服の手がかりとして満蒙(満州・蒙古)を征服するための手順が記述されている言われます。但しこれはねつ造されたものとして当時の日本政府も今現在もねつ造として日本は発表しています。1929年に南京で出版されている「時事月報」に漢文で書かれた「田中メモランダム」が報じられました。これは張学良らの排日工作ですが、手が込んでおり、多くの国が信じていたようです。東京裁判でも「共同謀議」の根拠として検察側の冒頭陳述で述べられています。
現在の中国や韓国など今だこれが本当のものとして考えられているところがあり根が深い問題とも思います。

更にこの田中メモを広めるきっかけとなったのは、1931年、旧ソ連は満州事変が始まると田中メモランダムを大々的に広め、満州国が出現するとノモンハンを通る戦での国境を引きなおします。1939年のノモンハン事件では旧ソ連側はこの田中メモランダムが実行されはじめたとうたい、旧ソ連側は兵士に対して「日本の侵略」として、そこからモンゴルを守るという戦争目的を徹底していました。

昭和初期の日本とは・・・。そしてアメリカから見た当時の日本。結局は理解されていなかったのかも。色々な考え方や思いがあるとは思いますので皆さん歴史の一部として感じて頂ければ幸いです。
尚、動画は分割でUPされていますので続きは検索して頂ければと思います。

くだらない記憶

数年前から「誰でなんだったかぁ~」と思っていることがありました。それは学生時代に行ったとあるアイドルのコンサートなんです。

私の性格で小学生時代からあまりアイドルに入るこむことが無い人でしたし、既に邦楽バンドも聞かずBeatlesやソロに没頭し自身のバンドも立ち上げた時期でした。
ではなぜ行ったのか?。

ほとんど関わりが無くクラスも違う同級生から突然に「チケットが2枚余っているから行かないか」とも言われ誘った本人は更に「興味はないけど」などと言いながらも凄く誘うのでまったく興味ないのに行くことになりました。だぶん彼はファンだったのだと思う・・・。一人で行くのが恥ずかしかったのではと思っています。だって昔で言うバイク乗りまくりのヤンキーだったので。(ちなみに私はヤンキーで無いしバントしている風貌でない人でした)

1990年の時のこと(実は年代も忘れてました)、私は既に誰を見たのかも覚えてなくただステージの状況と昔で言う、応援団そのものがやっていることの記憶、そして一番はアイドルよりも、バックメンバーの演奏ばかり見ていたことしか覚えてませんでした。
私にとっては既にRingoやPaulといった人たちのLiveに触れていたことを考えると忘れるわなぁ~。数年前から、それだけの記憶の中「あのコンサートのアイドルは誰だったか?」と思っていたら!思い出したのです!

浅香唯!!!!!!

まったくこの人の歌っているところなんて覚えていませんし20年近く経ってやっと思い出したという自分で凄いと思ったことでした。

書いた通りに何年何月も覚えてないし、ネットにそんな情報なんて無いだろうと思ったら、これまた驚いた個人ファンHPがあるではないか!。そして凄いことにコンサート記録まである!。それを見たらまさしく会場/場所と一致し何時だったかもわかりました。かなりくだらない話なんですが・・・。私にとって色んなコンサートに行った中で結構汚点であったりしています。あくまでも個人的な気持ちですよ好きな方すいません。

ちなみに下記が広島みたいです。

「浅香唯 90' NUDE SONGS vol.1 」
広島厚生年金会館 (現:広島市文化交流会館)1990年5月3日

こんなに記憶に残らなかったコンサートも凄いと思う。でも今更想い出してもどうなのかと!

Beatles世代にとっては

Beatles世代にとっては、その後の解散直後とWingsの活躍が目立った1976年以降は少しずつ離れていったことと思います。そしてGeorgeもワーナーに移ってから皆冷静に聞かなくなった。Ringoもレコード会社の問題でどんどん奥に追いやられていった。そしてJohnも同様に私生活との関係で1975年以降は止まってしまう。だが時代の流れだから当時としては仕方ないとは思う。

そして1980年代初頭はBeatles自体があまりあげられることは少なくなった気がします。そうYMOのような電子的な音の流行にも伴っているようにも感じます。ただ、ファンの中では各ソロのメンバーの楽曲よりも根本的にBeatlesは皆の心には残り続けていた。だが派手ではなかった時代。その分Paulはアルバム"Tug Of War"やMichaelとのコラボで一線に留まっていたこと。そしてJohnも亡くなり、Georgeも隠遁と言われ、Ringoは他のバンドでゲストで出る程度。Johnはある意味では変な編集版やアウトテイク収録したレコードでお茶を濁している。

今思うと1987年Georgeの復活からスタートし、そしてRingoも元気となり初のソロ(AllStar)で復活。それらを気にしてるようで気にしてないPaulが自分を一度統括して新しいアルバムをひっさげて本格的スタジアム級のツアーで完全復活。

PaulにとってはPipesOfPeace以降の辛い時期、Georgeの音楽業界での嫌な気持ち。Ringoの精神的辛さ。それらを乗り越えて1987年以降からの3人の素晴らしさは再確認する必要がいまあると思うし、既にそのころから20年以上・・・Beatlesの活動より長いキャリア。PaulもGeorgeもRingoも一人でアルバムを作り収録曲によっては駄作はあるとも思うけど絶対に光る曲を作っていること。

それを今聞いていくことが本当の「TheBeatles」のファンでなかろうかと思う。

そしてPaul,George,Ringoの3人は特にファンとして感じるのはレコーディングセッションで関わった有名無名musicianに目を向けさせてくれる凄いことと思います。Paulのイメージはどちらかというと、関わったmusicianに目がいかないと言われることも多いかと思いますが、あまりにも楽曲がPaulって感じなので霞み気味ですが今しっかり聞くと凄い人たちが同等なほどレコーディングに参加していたとおもってなりません。
Paul,George,Ringoには本当に色んなアーティストを教えてもらいBeatlesだけという気持ちは消えてしまいます。

長くなりましたが是非近年の3人のアルバムを聞いてほしいと思ってなりません。