Billy Preston (1946年- 2006年) との一コマ
この名前を聞けば、普通はBeatlesの"GetBack"あり、アルバム「Let It Be」です。そのさり気ない活躍には当時からこの人の人柄のすばらしさを感じさせてくれます。
運転中に最近よく聞くようになったアップル・レコードからリリースされた彼のソロアルバムである「That's The Way God Planned It 」邦題-神の掟 - (1969)です。そしてConcert for Bangladeshで"That's The Way God Planned It"を演奏しています。この人らしいゴスペルを活かしながらの展開に引き込まれていくようです。
今までRingoと2度も日本に来てくれた彼が今回はもういません。少し寂しい気がしてなりません。
この人とは1995年の広島公演時のことが一生忘れられないくらい頭の中に残っているできことがあります。
開場した18時5分頃には皆コンサート・パンフなどの売り場へ直行し大混雑でした。私は開演するまで20分ちかくあったので購入は後と思いながらロビーに目を向け喫煙出来る場所があったので、そこに行こうと歩いていたら、喫煙場所の手前のソファーに寝そべっている黒人が・・・。私は最初はスタッフかと思いながら友人に「あの人、ビリー・プレストンに似ているのだけど?」と言ったのですが、友人はビリーのことはあまり知らないので、返事が帰って来ませんでした。私はどうしてもビリーと思ったので、そのまま近づいて「ハロー!」って(それしか言えなかった情けない)。やはり本人だ!。失礼ながら紙とペンを渡したら嬉しそうにサインをしてくれことが今でも頭の中で残ったまま。既にかっこはステージ用のまま。
優しくサインを書いてくれに、渡してくれる時に微笑んでくれたシーンは今でも忘れていません。
運転中に最近よく聞くようになったアップル・レコードからリリースされた彼のソロアルバムである「That's The Way God Planned It 」邦題-神の掟 - (1969)です。そしてConcert for Bangladeshで"That's The Way God Planned It"を演奏しています。この人らしいゴスペルを活かしながらの展開に引き込まれていくようです。
今までRingoと2度も日本に来てくれた彼が今回はもういません。少し寂しい気がしてなりません。
この人とは1995年の広島公演時のことが一生忘れられないくらい頭の中に残っているできことがあります。
開場した18時5分頃には皆コンサート・パンフなどの売り場へ直行し大混雑でした。私は開演するまで20分ちかくあったので購入は後と思いながらロビーに目を向け喫煙出来る場所があったので、そこに行こうと歩いていたら、喫煙場所の手前のソファーに寝そべっている黒人が・・・。私は最初はスタッフかと思いながら友人に「あの人、ビリー・プレストンに似ているのだけど?」と言ったのですが、友人はビリーのことはあまり知らないので、返事が帰って来ませんでした。私はどうしてもビリーと思ったので、そのまま近づいて「ハロー!」って(それしか言えなかった情けない)。やはり本人だ!。失礼ながら紙とペンを渡したら嬉しそうにサインをしてくれことが今でも頭の中で残ったまま。既にかっこはステージ用のまま。
優しくサインを書いてくれに、渡してくれる時に微笑んでくれたシーンは今でも忘れていません。
2010年放送「PaulMcCartney特集」のこと
明らかにBeatlesファンである桑田佳祐さんがRadioで過去話したことが掲載されていました。
2010年6月の放送で「PaulMcCartney特集」
私は桑田さんと言う方はBeatles=Johnソロに近いアプローチを1990年代後半辺りから顕著に現れているように感じていますし、歌声にしろ演奏にしろJohn的に聞こえます。
でも桑田さんのこのアプローチは凄く合っていると思って仕方ない。マネでなく気づかずにリスペクトしているようなところも感じたり(あくまでも私の聞こえ方です)
それは、過去に私が限定でアップしたTV番組「音楽寅さん」の「ソラミミ・アベー・ロード」なる"アビーロード"を丸ごとカバーしたときに、さすがにPaulのvocalには近くはなく、Johnの曲が非常に合っていたのです。
だからってPaul作の曲を歌う桑田さんの気合も半端ではなかった。あのB-Sideの「アビーロードメドレー」を歌いきったことはまさしくJohnとPaul、そしてバックバンドの的確な演奏も桑田さんの指示によってGeorgeとRingoの立場も上手く表現していた。
※全てのサザンや桑田さんソロの曲を多く聴くことがないので主観ですけど。
そんな私が桑田さんがPaulについて語ったことが非常に興味深く感じてなりません。
なぜかと・・・Paulの来日公演は行っても、又はBeatlesをカバーしょうとJohnに対して何か表現を示す人なのにPaulに何かを言うのは珍しい。
私なりに内容を書いておきます。
----------------------------------------
■アナザーデイ
・4分の6、4分の3という変拍子が素晴らしく、ボディーブローのように効いてくる曲。 ・ビートルズのメンバーがソロ活動を始めて4人分レコードを購入しようとしたが、 リンゴスターは段々買わなくなった。最初ジョンレノンはついてゆけないなぁと感じていた。
■オールマイラヴィング
・ベースがスウィングしているとことやシャッフルのビート、ジョンレノンのジャカジャカ弾いているギターが素晴らしい。
■Listen To What The Man Said
・サウンドメイクがいい。
・リンダが歌うまい。淡々としたボーカルが素晴らしい。
・メジャーセブンを多用。
・ポールは100種類の声を出せる。
・ダブルアルバムより使いだした通称「マッチョマンボイス」がいい。
・天才。
※外人の血が入っているアンルイスや木村カエラはピッチがいい。音程がいい。
■タッグ・オブ・ウォーについて
・大絶賛。
・ゲスト陣や歌が素晴らしい。
・サウンドメイクに凝っている。
・聴いたことがない人は騙されたとおもって聴きなさい。
■ミッシェル
・ビートルズはコーラスグループとして素晴らしい。
・クリシェ企画としてイエスタディ2。
■Maybe I’m Amazed
・この曲は信じられない。
・めったにこんな曲つくれない。
・ギターソロのトップメロディが天才。
■ブラックバード
・左チャンネルの靴の音。
・レディマドンナのピアノといい、この曲のギターといいピラミッドやガリレオ・ガリレイの地動説と同等の価値がある。
■バンドオンザラン
・こり方が尋常じゃない。
・オブリの入れ方。
・ジョンはカリスマ性があるから本がおもしろい。ポールはとにかくサウンドが凄い。
■Hi Hi Hi
・グラムロックでもなにやらせてもうまい。
・ヘッドホンで聞いていても、新しい感じがする。
・今のレコーディングにも参考になる。
■JUNK
・大好き。
・生きがい。
・生涯で一番せつなくなった。
・死ぬのをやめた。
■カミングアップ
・1人多重録音
※ポールやジョンなどはルーツであるケルトミュージックの影響を感じる。
※100種類のボーカルスイッチを持つ。
■マイラヴ
・ヘイジュード、レットイットビー、ロングアンドワインディングロードのピアノ三部作をライブでファンが喜ぶからといって演奏するがやめてほしい。
・私が演出家なら、一曲ははずす。ヘイジュードとレットイットビーは今のポールには似合わないと思う。しかしロングアンドワインディングロードは素敵。
※桑田さんは真夏の大感謝祭でファンが大喜びするバラード三連発(いとしのエリー、真夏の果実、TSUNAMI)を歌いました。
●「持論としてポール・マッカートニーの曲は歌っちゃいけないと思う。ポールマッカートニーの歌を日本人がやると、まるで勘違いしたポールの甘美な部分だけを真似しちゃおうとすんですよ。なんとなくあの純なかんじっていうか。でも、似ていなくて絶対異なるものになるんですよね、僕も含めてだけでも。」
●「いやホントはね、僕はポール・マッカトニーが一番好きなんですよ。」
●「やっぱり世界で一番好きなアルバムは何かって言ったら、ポールマッカートニーのラムなんですよ。」
●「隠れキリシタンみたいな。ポール・マッカートニーに手を合わせたら、ご本尊を裏切ることになるでしょう。やっぱりポールはできないんですよ、日本人はね、絶対に。フォークギターを持って仲間うちでビートルズを歌うレベルでいいんだったら別だけど、ポールは絶対にやっちゃだめですね。変な話、世界のロック・ポップス界で彼を超えられる人はいないんですよ。ポール・マッカートニーの何が凄いかっていうと、ロックンロールに関しては世界一ですよ。あの人、リトル・リチャードでしょ?リトル・リチャードより「のっぽのサリー」歌わせたら全然うまいですけどね。そういう基盤があった上で、ポールマッカートニーは成り立っている。日本人が解釈しがちな、甘美なメロディーを作る人の良さそうなメロディメーカーだという解釈になってくると話しは違ってくるんです。基本がもう大ロックンローラーだから、その分母はすごいんですよね。それをなくしてポールをやるのは間違いなんですよ。日本人がポール・マッカートニーをフォローしても、成功したためしがない。幼稚園児の戯言になっちゃう。「ペニーレイン」の表面的なかわいいところだけを真似していくと、とんでもないことになっちゃうんです。」
----------------------------------------
私の思ったことです。
本当に珍しい発言と思ってなりませんよね。
逆にPaulを演奏する私には少し耳が痛いのですが・・・。
さすがに70年代John,Paul,George,Ringo以外にあらゆる音楽を聞き込み、
今となり冷静に語られることを考えると面白いものです。
桑田さんがPaulMcCartneyをあまりに演奏しないなどは見ていただくと分かります。
私も同じ日本人確かにPaulを演奏することは非常に難しい。簡単でない。
桑田さんのPaulMcCartney音楽的冷静な感覚は明らかに、
「音楽アプローチの上手さと右に出る人物は居ない→PaulMcCartney」
「カリスマとしての音楽である→JohnLennon」
そんな図式があるようです。
JohnもPaulも世界的に優れたミュージシャンであるのは間違えない。
桑田さんが伝えたいのは「音楽を作る」,「オーディエンスへ喜んでもらう曲へのマジック」の凄さを表現しているのてはないかと。
この辺りは実は桑田さんの楽曲に意外と影響を与えているとしか思えなくなりました。
桑田さん>「いやホントはね、僕はポール・マッカトニーが一番好きなんですよ。」
と言ってくれた桑田さんさすがです。
そしてメジャーな国内artistがPaulソロを演奏しないけど、日本のartistは何かしらWingsなどからの自然な影響を受けてそれらを実は伝えて行っていること。
そんな今でも前進を続けるPaulMcCartneyとJohn、George、RingoというBeatlesの凄さを再確認させてくれたインタビューだと思ってなりません。
また時間があれば1981年頃の話を纏めたいとも思います。
動画ですが、私が過去に持っていた動画をそのままアップしましたが、こちらは他の方がTV前でカメラで録画したのがYoutubeにあったのでこちらにします。この作品はかならず消されるかとも思いますが。ちなみに桑田佳祐さんは実際にPaul単独の曲をCoverすることは話の通り無いようです。だからこそこの映像が逆に珍しい。アビーロードメドレーを歌ってしまったから。ご自身として上手くできなのか?そこそこだったのか知りたいところですね。
2010年6月の放送で「PaulMcCartney特集」
私は桑田さんと言う方はBeatles=Johnソロに近いアプローチを1990年代後半辺りから顕著に現れているように感じていますし、歌声にしろ演奏にしろJohn的に聞こえます。
でも桑田さんのこのアプローチは凄く合っていると思って仕方ない。マネでなく気づかずにリスペクトしているようなところも感じたり(あくまでも私の聞こえ方です)
それは、過去に私が限定でアップしたTV番組「音楽寅さん」の「ソラミミ・アベー・ロード」なる"アビーロード"を丸ごとカバーしたときに、さすがにPaulのvocalには近くはなく、Johnの曲が非常に合っていたのです。
だからってPaul作の曲を歌う桑田さんの気合も半端ではなかった。あのB-Sideの「アビーロードメドレー」を歌いきったことはまさしくJohnとPaul、そしてバックバンドの的確な演奏も桑田さんの指示によってGeorgeとRingoの立場も上手く表現していた。
※全てのサザンや桑田さんソロの曲を多く聴くことがないので主観ですけど。
そんな私が桑田さんがPaulについて語ったことが非常に興味深く感じてなりません。
なぜかと・・・Paulの来日公演は行っても、又はBeatlesをカバーしょうとJohnに対して何か表現を示す人なのにPaulに何かを言うのは珍しい。
私なりに内容を書いておきます。
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■アナザーデイ
・4分の6、4分の3という変拍子が素晴らしく、ボディーブローのように効いてくる曲。 ・ビートルズのメンバーがソロ活動を始めて4人分レコードを購入しようとしたが、 リンゴスターは段々買わなくなった。最初ジョンレノンはついてゆけないなぁと感じていた。
■オールマイラヴィング
・ベースがスウィングしているとことやシャッフルのビート、ジョンレノンのジャカジャカ弾いているギターが素晴らしい。
■Listen To What The Man Said
・サウンドメイクがいい。
・リンダが歌うまい。淡々としたボーカルが素晴らしい。
・メジャーセブンを多用。
・ポールは100種類の声を出せる。
・ダブルアルバムより使いだした通称「マッチョマンボイス」がいい。
・天才。
※外人の血が入っているアンルイスや木村カエラはピッチがいい。音程がいい。
■タッグ・オブ・ウォーについて
・大絶賛。
・ゲスト陣や歌が素晴らしい。
・サウンドメイクに凝っている。
・聴いたことがない人は騙されたとおもって聴きなさい。
■ミッシェル
・ビートルズはコーラスグループとして素晴らしい。
・クリシェ企画としてイエスタディ2。
■Maybe I’m Amazed
・この曲は信じられない。
・めったにこんな曲つくれない。
・ギターソロのトップメロディが天才。
■ブラックバード
・左チャンネルの靴の音。
・レディマドンナのピアノといい、この曲のギターといいピラミッドやガリレオ・ガリレイの地動説と同等の価値がある。
■バンドオンザラン
・こり方が尋常じゃない。
・オブリの入れ方。
・ジョンはカリスマ性があるから本がおもしろい。ポールはとにかくサウンドが凄い。
■Hi Hi Hi
・グラムロックでもなにやらせてもうまい。
・ヘッドホンで聞いていても、新しい感じがする。
・今のレコーディングにも参考になる。
■JUNK
・大好き。
・生きがい。
・生涯で一番せつなくなった。
・死ぬのをやめた。
■カミングアップ
・1人多重録音
※ポールやジョンなどはルーツであるケルトミュージックの影響を感じる。
※100種類のボーカルスイッチを持つ。
■マイラヴ
・ヘイジュード、レットイットビー、ロングアンドワインディングロードのピアノ三部作をライブでファンが喜ぶからといって演奏するがやめてほしい。
・私が演出家なら、一曲ははずす。ヘイジュードとレットイットビーは今のポールには似合わないと思う。しかしロングアンドワインディングロードは素敵。
※桑田さんは真夏の大感謝祭でファンが大喜びするバラード三連発(いとしのエリー、真夏の果実、TSUNAMI)を歌いました。
●「持論としてポール・マッカートニーの曲は歌っちゃいけないと思う。ポールマッカートニーの歌を日本人がやると、まるで勘違いしたポールの甘美な部分だけを真似しちゃおうとすんですよ。なんとなくあの純なかんじっていうか。でも、似ていなくて絶対異なるものになるんですよね、僕も含めてだけでも。」
●「いやホントはね、僕はポール・マッカトニーが一番好きなんですよ。」
●「やっぱり世界で一番好きなアルバムは何かって言ったら、ポールマッカートニーのラムなんですよ。」
●「隠れキリシタンみたいな。ポール・マッカートニーに手を合わせたら、ご本尊を裏切ることになるでしょう。やっぱりポールはできないんですよ、日本人はね、絶対に。フォークギターを持って仲間うちでビートルズを歌うレベルでいいんだったら別だけど、ポールは絶対にやっちゃだめですね。変な話、世界のロック・ポップス界で彼を超えられる人はいないんですよ。ポール・マッカートニーの何が凄いかっていうと、ロックンロールに関しては世界一ですよ。あの人、リトル・リチャードでしょ?リトル・リチャードより「のっぽのサリー」歌わせたら全然うまいですけどね。そういう基盤があった上で、ポールマッカートニーは成り立っている。日本人が解釈しがちな、甘美なメロディーを作る人の良さそうなメロディメーカーだという解釈になってくると話しは違ってくるんです。基本がもう大ロックンローラーだから、その分母はすごいんですよね。それをなくしてポールをやるのは間違いなんですよ。日本人がポール・マッカートニーをフォローしても、成功したためしがない。幼稚園児の戯言になっちゃう。「ペニーレイン」の表面的なかわいいところだけを真似していくと、とんでもないことになっちゃうんです。」
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私の思ったことです。
本当に珍しい発言と思ってなりませんよね。
逆にPaulを演奏する私には少し耳が痛いのですが・・・。
さすがに70年代John,Paul,George,Ringo以外にあらゆる音楽を聞き込み、
今となり冷静に語られることを考えると面白いものです。
桑田さんがPaulMcCartneyをあまりに演奏しないなどは見ていただくと分かります。
私も同じ日本人確かにPaulを演奏することは非常に難しい。簡単でない。
桑田さんのPaulMcCartney音楽的冷静な感覚は明らかに、
「音楽アプローチの上手さと右に出る人物は居ない→PaulMcCartney」
「カリスマとしての音楽である→JohnLennon」
そんな図式があるようです。
JohnもPaulも世界的に優れたミュージシャンであるのは間違えない。
桑田さんが伝えたいのは「音楽を作る」,「オーディエンスへ喜んでもらう曲へのマジック」の凄さを表現しているのてはないかと。
この辺りは実は桑田さんの楽曲に意外と影響を与えているとしか思えなくなりました。
桑田さん>「いやホントはね、僕はポール・マッカトニーが一番好きなんですよ。」
と言ってくれた桑田さんさすがです。
そしてメジャーな国内artistがPaulソロを演奏しないけど、日本のartistは何かしらWingsなどからの自然な影響を受けてそれらを実は伝えて行っていること。
そんな今でも前進を続けるPaulMcCartneyとJohn、George、RingoというBeatlesの凄さを再確認させてくれたインタビューだと思ってなりません。
また時間があれば1981年頃の話を纏めたいとも思います。
動画ですが、私が過去に持っていた動画をそのままアップしましたが、こちらは他の方がTV前でカメラで録画したのがYoutubeにあったのでこちらにします。この作品はかならず消されるかとも思いますが。ちなみに桑田佳祐さんは実際にPaul単独の曲をCoverすることは話の通り無いようです。だからこそこの映像が逆に珍しい。アビーロードメドレーを歌ってしまったから。ご自身として上手くできなのか?そこそこだったのか知りたいところですね。
マンガの「はいからさんが通る」前も書いたかも
調子あまり良くないですが頑張ります!。
マンガの「はいからさんが通る」って有名と思います。少女マンガですが・・・。でも私がこれを知っているのはガキの頃にアニメ再放送で見ていたのみです。結構好きでした。20代後半に知ったのはマンガは関東大震災までの話にいくそうで、アニメはそこまでいかなくて終わります。当時の彼女(今の妻)がマンガをもっていてそれを読ませてもらっています。
話のスタートは大正7年です。まあ主人公のことはご存じの方が多いからいいとしてましてストーリーのバックには近現代史的に歴史も追っていることに少しの関心があります。スペインかぜの流行にしろ、第一次対戦終結前の革命によって混乱中のソビエト=各国のシベリア出兵と旧満州(関東軍)など・・・アニメでは打ちきりとなり描かれなかった1923年(大正12年)の関東大震災。
話は恋愛などそんなギャグですが、他の見方が出来てしまった私でした。なぜ唐突にこのアニメ/マンガだったかというと・・・
子がOPテーマとEDテーマ曲か好きで、唯一見れるのは第一話のみ。昨日それを見たいと言い始めたので一話みていました。
ちなみに紅緒さんのキャラはかなりハマりますし、他のくだらないキャラクターも一体・・・と思いながら結構好きだったり。今だDVD無し、有料で再放送がある時のみかもの作品のようです。ちなみに実写版は一度も見ていません。
マンガの「はいからさんが通る」って有名と思います。少女マンガですが・・・。でも私がこれを知っているのはガキの頃にアニメ再放送で見ていたのみです。結構好きでした。20代後半に知ったのはマンガは関東大震災までの話にいくそうで、アニメはそこまでいかなくて終わります。当時の彼女(今の妻)がマンガをもっていてそれを読ませてもらっています。
話のスタートは大正7年です。まあ主人公のことはご存じの方が多いからいいとしてましてストーリーのバックには近現代史的に歴史も追っていることに少しの関心があります。スペインかぜの流行にしろ、第一次対戦終結前の革命によって混乱中のソビエト=各国のシベリア出兵と旧満州(関東軍)など・・・アニメでは打ちきりとなり描かれなかった1923年(大正12年)の関東大震災。
話は恋愛などそんなギャグですが、他の見方が出来てしまった私でした。なぜ唐突にこのアニメ/マンガだったかというと・・・
子がOPテーマとEDテーマ曲か好きで、唯一見れるのは第一話のみ。昨日それを見たいと言い始めたので一話みていました。
ちなみに紅緒さんのキャラはかなりハマりますし、他のくだらないキャラクターも一体・・・と思いながら結構好きだったり。今だDVD無し、有料で再放送がある時のみかもの作品のようです。ちなみに実写版は一度も見ていません。
「マレーの虎」
7月です。そろそろ今から約72年前と日米開戦など頭によぎります。
日本国内の気持ちは終戦は8月15日。それは玉音盤が放送された日。
そして9月2日は完全なる日本降伏となる調印をしたこと。もしや重要なのは9月2日なのかもしれません。ただ日本帝国の当時として国体護持を考えると今でも8月15日が「終戦」ということとなりますが・・・考え方は色々とあります。
そんな訳で少しそれて!
2000年末頃にバラエティー番組で「マネーの虎」と言ったタイトルの番組がありました。まう、素人などがどこかの成功したベンチャー社長相手にプレゼンして資金提供してもらうというある意味滅茶苦茶な番組がありました。
そして戻します。
私は別に頭もよくなく、勉強も嫌いでしたのでなんですが・・・
1941年12月8日に真珠湾と同じくして、南方獲得の為に日本陸軍がイギリス領マレーとシンガポールへの進攻作戦を実施したことはご存知と思います。
この作戦の大将は司令官の山下奉文中将の戦中の日本サイド評価とどんな人だったかご存知でしょうか?。
イギリス軍を圧倒的に追い込みそして降伏への話し合いにイギリス司令官:アーサー・パーシバル中将との会談を行う。
アーサー・パーシバル中将側は降伏するしないに煮え切らない状態を見て山下奉文中将はこの言葉で結果降伏させた「イエスかノーか」。
その後、山下奉文は「マレーの虎」と言われた。
その後の戦局は皆さんご存知の通り。
これが日本にとっても栄光とはまったく思えない。
マレーの虎?????
日本国内の気持ちは終戦は8月15日。それは玉音盤が放送された日。
そして9月2日は完全なる日本降伏となる調印をしたこと。もしや重要なのは9月2日なのかもしれません。ただ日本帝国の当時として国体護持を考えると今でも8月15日が「終戦」ということとなりますが・・・考え方は色々とあります。
そんな訳で少しそれて!
2000年末頃にバラエティー番組で「マネーの虎」と言ったタイトルの番組がありました。まう、素人などがどこかの成功したベンチャー社長相手にプレゼンして資金提供してもらうというある意味滅茶苦茶な番組がありました。
そして戻します。
私は別に頭もよくなく、勉強も嫌いでしたのでなんですが・・・
1941年12月8日に真珠湾と同じくして、南方獲得の為に日本陸軍がイギリス領マレーとシンガポールへの進攻作戦を実施したことはご存知と思います。
この作戦の大将は司令官の山下奉文中将の戦中の日本サイド評価とどんな人だったかご存知でしょうか?。
イギリス軍を圧倒的に追い込みそして降伏への話し合いにイギリス司令官:アーサー・パーシバル中将との会談を行う。
アーサー・パーシバル中将側は降伏するしないに煮え切らない状態を見て山下奉文中将はこの言葉で結果降伏させた「イエスかノーか」。
その後、山下奉文は「マレーの虎」と言われた。
その後の戦局は皆さんご存知の通り。
これが日本にとっても栄光とはまったく思えない。
マレーの虎?????
ジャズスタンダード 「Kisses On The Bottom」 によせて (2012年)
その流れは関係ないところから?。
2006年クラッシックアルバム「Ecce Cor Meum」を発表。
どうも構想から完成まで8年を要し演奏には総勢150名を要するという力の入ったものです。基本は1991年に発表され今でも公演される「Liverpool Oratorio」とほぼ同様の内容でもあると感じています。
2007年PaulのカテゴリーであるOriginalアルバム『Memory Almost Full』をリリースし翌年には『Electric Arguments』なんてもリリース。その中でも定期的にTourは途切れない。
この間にもBeatlesRemaster、アーカイブ構想から実際に発売開始。
ボップ/ロック意外のところで本当に休むことがあるのかというぐらの構想と実現をしているPaul。
よくよく考えると2007年『Memory Almost Full』以来ボップ/ロック的なアルバムはまだ出してない。
例外は『Electric Arguments』2008年ですけど。
更にLiveでロックしているにも関わらず次にはバレエのためのオーケストラ作品である『Ocean's Kingdom』を2011年に発表!
本題!「Kisses On The Bottom」
そして前評判から何かを感じさせてくれたジャズスタンダード作品が今年2012年にリリースとなります。
スタンダードなボーカル曲ばかり集めたカヴァー集でありますがジャズに精通していないとカバーと言っても知らない曲ばかりです。もちろんPaulらしく自身のオリジナルも収録するPaulなりのスペシャルなサービス。(それもレベルが高い!)
ジャズを知らないとしても本当に引き込まれる内容。なにしろプロダクションワークが超一流。演奏も一流です。ダイアナ・クラールのピアノ。どの曲でもギターが凄いジョン・ピザレリ。ジャズをご存知の方は有名ですよね?。
収録曲は基本的に同一傾向のセンスで、落ち着いたテンポのジャズスタンダードで、録音はニューヨークとロスで行われたとクレジットされています。
ニューヨークの方はよく知らないのですが、ロスのキャピトルはこういう音楽の録音や制作では抜きん出た実績と伝統を持っていて、いくつかの曲で聞こえるストリングスの上品なアレンジと録音はさすが!と言いたくなります。
EU盤では16曲入りの、追加収録の2曲のうち1曲はウィングス「Back To The Edge」ラストに収録されていた「Baby's Request」。円熟味を増したこの曲はWingsバージョンも、もっと捨てがたくなるし「Kisses On The Bottom」も収録も同様に捨てがたい。
この曲のお陰で、PaulMcCartneyの根底にある音楽ベーシックなスタイルというのがいつの時代も良い意味で変わりが無いと!それが明確に楽しめるしミュージシャンとしての力量を感じてなりません。
そしてプロフェッシャルミュージシャンに囲まれ歌う中に、Original曲に参加したEricClaptonやStevieWonderとの共演も素晴らしく且つClaptonもStevieも目立つことでなく曲にしっかりと馴染む演奏を聴かせてくれる。
好き嫌い別れるアルバムとは思います。ただTPOによっては凄く自然と耳に入るアルバム。この出来は今までのPaulの作品としてはまったく最高の別の作品として残ること間違いないでしょう。
2006年クラッシックアルバム「Ecce Cor Meum」を発表。
どうも構想から完成まで8年を要し演奏には総勢150名を要するという力の入ったものです。基本は1991年に発表され今でも公演される「Liverpool Oratorio」とほぼ同様の内容でもあると感じています。
2007年PaulのカテゴリーであるOriginalアルバム『Memory Almost Full』をリリースし翌年には『Electric Arguments』なんてもリリース。その中でも定期的にTourは途切れない。
この間にもBeatlesRemaster、アーカイブ構想から実際に発売開始。
ボップ/ロック意外のところで本当に休むことがあるのかというぐらの構想と実現をしているPaul。
よくよく考えると2007年『Memory Almost Full』以来ボップ/ロック的なアルバムはまだ出してない。
例外は『Electric Arguments』2008年ですけど。
更にLiveでロックしているにも関わらず次にはバレエのためのオーケストラ作品である『Ocean's Kingdom』を2011年に発表!
本題!「Kisses On The Bottom」
そして前評判から何かを感じさせてくれたジャズスタンダード作品が今年2012年にリリースとなります。
スタンダードなボーカル曲ばかり集めたカヴァー集でありますがジャズに精通していないとカバーと言っても知らない曲ばかりです。もちろんPaulらしく自身のオリジナルも収録するPaulなりのスペシャルなサービス。(それもレベルが高い!)
ジャズを知らないとしても本当に引き込まれる内容。なにしろプロダクションワークが超一流。演奏も一流です。ダイアナ・クラールのピアノ。どの曲でもギターが凄いジョン・ピザレリ。ジャズをご存知の方は有名ですよね?。
収録曲は基本的に同一傾向のセンスで、落ち着いたテンポのジャズスタンダードで、録音はニューヨークとロスで行われたとクレジットされています。
ニューヨークの方はよく知らないのですが、ロスのキャピトルはこういう音楽の録音や制作では抜きん出た実績と伝統を持っていて、いくつかの曲で聞こえるストリングスの上品なアレンジと録音はさすが!と言いたくなります。
EU盤では16曲入りの、追加収録の2曲のうち1曲はウィングス「Back To The Edge」ラストに収録されていた「Baby's Request」。円熟味を増したこの曲はWingsバージョンも、もっと捨てがたくなるし「Kisses On The Bottom」も収録も同様に捨てがたい。
この曲のお陰で、PaulMcCartneyの根底にある音楽ベーシックなスタイルというのがいつの時代も良い意味で変わりが無いと!それが明確に楽しめるしミュージシャンとしての力量を感じてなりません。
そしてプロフェッシャルミュージシャンに囲まれ歌う中に、Original曲に参加したEricClaptonやStevieWonderとの共演も素晴らしく且つClaptonもStevieも目立つことでなく曲にしっかりと馴染む演奏を聴かせてくれる。
好き嫌い別れるアルバムとは思います。ただTPOによっては凄く自然と耳に入るアルバム。この出来は今までのPaulの作品としてはまったく最高の別の作品として残ること間違いないでしょう。
なうにも書いたけど一応ご報告
ツイッターみたいですが・・・なうにも書いたことを記事にしておきますね。
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おはようです。ちょっとネタなしでごめんなさい。男子が喜ぶものは多いかもしれませんが女子期待のもってなんだろうかと初めて悩んでいます。ついでに昭和の大変時期について書きました。今後は夏に向けて反戦的又は戦争について書くと思います。なぜって私は被爆2世なんで。
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でも息抜きも必要なのでもちろん「あちらも」書きますけど!
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おはようです。ちょっとネタなしでごめんなさい。男子が喜ぶものは多いかもしれませんが女子期待のもってなんだろうかと初めて悩んでいます。ついでに昭和の大変時期について書きました。今後は夏に向けて反戦的又は戦争について書くと思います。なぜって私は被爆2世なんで。
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でも息抜きも必要なのでもちろん「あちらも」書きますけど!
対日参戦密約
おはようございます。【乱文ですいません】
まだ6月ですがやぱり過去の悲惨であった出来事から今を知ることも必要かとも。
68年前の第二次世界大戦=太平洋戦争の終結又は終戦に向かう過程は皆さん近現代史的にご存じのことだと思っています。だから私が詳しくなんてできません。
1945年8月15日の玉音放送される正午まで犠牲者が急激に増加したのは、戦争末期といわれます。そう東京大空襲に始まる絨毯爆撃から無差別爆撃への変更。疎開をした先では更に空襲を受けた人たち。そして沖縄での非戦闘員までも戦闘に立ち20万人近く亡くなる。
どうやっても大本営は負けていることを理解しながら「負けた」とは言えない軍内部の対する内向きな対応。トップ達は口が裂けても「和平」とも言えない日本の組織の状態。「和平」なんて言うと各軍部内で反乱又は内部分裂が発生することを危惧していた軍トップ達。今の時代では考えられないトップの考え方。とにかく本土上陸でも徹底抗戦。
和平に持ち込むなら一撃を加え、そこから日本側の降伏条件を増やしいとの変な意思。完璧に負け戦と分かっていて、徹底抗戦なんて言えたことは信じられません。
でも和平工作はされていたことは、この時代を研究されている方はご存じと思います。
そう中立条約を交わしているソ連に和平仲介を依頼するという日本政府の考え方。連合国軍側であるソ連に対して中立条約がある以上は北から攻めてくることは無いと信じてならなかったといわれます。
そして日本政府もまさかヤルタ会談での米ルーズベルト大統領とソ連のスターリンとの間で対日参戦密約が交わされていたことが知らないといわれ、そして8月9日にソ連は旧満州に進行してしまう。
この密約については日本政府又は軍部は知らなく突然にやられたとのことが定説でありました。
昨年あらゆる資料が英国の公文書館などから発見されています。それらによると、日本はソ連の対日参戦をヨーロッパ各地に拠点を置く駐在武官からヤルタでの密約の情報を電報として大本営へ伝えていたことが分かってきました。それらを軍部トップ達は正式ルートでないとして情報を無視。更に別ルートから米ダレスからも和平交渉の余地あり武官から情報が来たにも関わらず「謀略の可能性あり」と取り合わなかった事実も・・・。
もしこれらを真剣に捉えていれば戦争末期の死者は本当に違っていた。地方への無差別空襲や原爆投下、そして満州での日本人とその後の残留孤児の問題もすべては変わっていたのではと考えさせられる事実が今となって出てきています。もちろん北方問題も・・・。
既に歴史には「もし」はありませんが、この当時の日本のトップ達のなすり合い的であり誰もリーダーシップをとれない。そして国民の為に考えられない。そこは今と似ているかもしれない。
そんな番組が昨年夏にありました。
まだ6月ですがやぱり過去の悲惨であった出来事から今を知ることも必要かとも。
68年前の第二次世界大戦=太平洋戦争の終結又は終戦に向かう過程は皆さん近現代史的にご存じのことだと思っています。だから私が詳しくなんてできません。
1945年8月15日の玉音放送される正午まで犠牲者が急激に増加したのは、戦争末期といわれます。そう東京大空襲に始まる絨毯爆撃から無差別爆撃への変更。疎開をした先では更に空襲を受けた人たち。そして沖縄での非戦闘員までも戦闘に立ち20万人近く亡くなる。
どうやっても大本営は負けていることを理解しながら「負けた」とは言えない軍内部の対する内向きな対応。トップ達は口が裂けても「和平」とも言えない日本の組織の状態。「和平」なんて言うと各軍部内で反乱又は内部分裂が発生することを危惧していた軍トップ達。今の時代では考えられないトップの考え方。とにかく本土上陸でも徹底抗戦。
和平に持ち込むなら一撃を加え、そこから日本側の降伏条件を増やしいとの変な意思。完璧に負け戦と分かっていて、徹底抗戦なんて言えたことは信じられません。
でも和平工作はされていたことは、この時代を研究されている方はご存じと思います。
そう中立条約を交わしているソ連に和平仲介を依頼するという日本政府の考え方。連合国軍側であるソ連に対して中立条約がある以上は北から攻めてくることは無いと信じてならなかったといわれます。
そして日本政府もまさかヤルタ会談での米ルーズベルト大統領とソ連のスターリンとの間で対日参戦密約が交わされていたことが知らないといわれ、そして8月9日にソ連は旧満州に進行してしまう。
この密約については日本政府又は軍部は知らなく突然にやられたとのことが定説でありました。
昨年あらゆる資料が英国の公文書館などから発見されています。それらによると、日本はソ連の対日参戦をヨーロッパ各地に拠点を置く駐在武官からヤルタでの密約の情報を電報として大本営へ伝えていたことが分かってきました。それらを軍部トップ達は正式ルートでないとして情報を無視。更に別ルートから米ダレスからも和平交渉の余地あり武官から情報が来たにも関わらず「謀略の可能性あり」と取り合わなかった事実も・・・。
もしこれらを真剣に捉えていれば戦争末期の死者は本当に違っていた。地方への無差別空襲や原爆投下、そして満州での日本人とその後の残留孤児の問題もすべては変わっていたのではと考えさせられる事実が今となって出てきています。もちろん北方問題も・・・。
既に歴史には「もし」はありませんが、この当時の日本のトップ達のなすり合い的であり誰もリーダーシップをとれない。そして国民の為に考えられない。そこは今と似ているかもしれない。
そんな番組が昨年夏にありました。
Georgeの伝記映画?"Living in the Material World"
たまには何か音楽関係のDVD見ようしました。久しぶりに出してきた。Georgeの伝記映画?"Living in the Material World"を見始めました。やはり最初のGeorge側から見たアマチュア時代の話は少し面白い。途中から難しくなるのですが。Georgeの音楽から見た伝記でなく、Georgeという人間を知ってもらうための伝記と理解すれば見れるものです。
そんなことよりも確か私としては見直したのは3回目だと思います。ただDisk2はまだ見ていません。
そこで今Paul=Wings関係かな?。1975年頃の映像なのか、PaulとGeorgeが書類にサインをしていくところが今回気になりました。今更ですが・・・これってBeatles関係の解散に伴う決定にサインをしているところかなぁ~ですよねたぷん。このシーンの後はGeorgeとPaulは話をしたのかなぁ~なんて勝手に想像したりして。
大体7分30秒のところです。
そんなことよりも確か私としては見直したのは3回目だと思います。ただDisk2はまだ見ていません。
そこで今Paul=Wings関係かな?。1975年頃の映像なのか、PaulとGeorgeが書類にサインをしていくところが今回気になりました。今更ですが・・・これってBeatles関係の解散に伴う決定にサインをしているところかなぁ~ですよねたぷん。このシーンの後はGeorgeとPaulは話をしたのかなぁ~なんて勝手に想像したりして。
大体7分30秒のところです。
第二次世界大戦とPaul・・・
この時期になりと書きたくなる戦前戦中ネタ=近現代史?
タイトルは音楽なのか?なんだこれ?
PaulMcCartneyが生まれた1942年はまさしくイギリス対ナチスドイツとの戦いの最中。そして既にフランスは降伏し、イギリス一国が立ち向かっていた。この段階でアメリカはまだ参戦してない。
そのPaulが生まれ時代。本人はたぶん記憶としては空襲があったのかな?と思うところで戦中は思っていたというか記憶がそこまでと感じます。そして3歳の頃にはヨーロッパ戦線での戦いはドイツの降伏により終結。
3歳で何を感じているのでしょう?
まだ物心がつかない頃のPaulには戦後のLiverpoolの復興を見てきたのだとも感じます。
確かPaulの父は、戦中に消防士として活動していたとの話。だがこれも戦後に聞いたことではないかと思います。(これが後のFiremanとなりますが)
稀に私が考えます。一部のPaulファンで語られることですが、「本当はPaulは日本嫌いなので来日しないのでは」といわれることがあります。
私の勝手な妄想がありました。
それは、第二次世界大戦というものはドイツによるヨーロッパ戦線と、日本とアメリカでの太平洋を舞台とした戦線で゜第二次世界大戦と言われます。
フッと私は・・・イギリス(連合国)としても東南アジアで日本と戦ったこともあります。
戦後にそりことを少しはPaulも知っているとうか学習したというか・・・そんなことがあったのかと私の個人的に考えたことでした。
もしそうであれば、敵であった日本という国に対して何か他の思いがPaulにはあるのでは?と勝手な妄想を私はしたことがあります。
戦後にPaulがこのことを知っていても、日本に10年来ないとは関係なくやはり感じています。
ただ日本での警備や価格などスポンサーとの合意に到達しないのが今と。
これも想像です。
でも面白いと私が勝手に思うのは、あの時代に生きたPaulやJohn、George、Ringoは日本と戦ったなんて思ってないと感じます。あくまでもヨーロッパ戦線が第二次世界大戦であると今でも思っているのではないかと。日本のことは実際に今でも意識にないであろうかな?と私なりに感じます。
そうでなければ来日できな無かった75年、変な国外退去だった80年があり、後に3度も日本公演した以上は嫌いではないのは明らかと思っています。
変な話ですいません。
タイトルは音楽なのか?なんだこれ?
PaulMcCartneyが生まれた1942年はまさしくイギリス対ナチスドイツとの戦いの最中。そして既にフランスは降伏し、イギリス一国が立ち向かっていた。この段階でアメリカはまだ参戦してない。
そのPaulが生まれ時代。本人はたぶん記憶としては空襲があったのかな?と思うところで戦中は思っていたというか記憶がそこまでと感じます。そして3歳の頃にはヨーロッパ戦線での戦いはドイツの降伏により終結。
3歳で何を感じているのでしょう?
まだ物心がつかない頃のPaulには戦後のLiverpoolの復興を見てきたのだとも感じます。
確かPaulの父は、戦中に消防士として活動していたとの話。だがこれも戦後に聞いたことではないかと思います。(これが後のFiremanとなりますが)
稀に私が考えます。一部のPaulファンで語られることですが、「本当はPaulは日本嫌いなので来日しないのでは」といわれることがあります。
私の勝手な妄想がありました。
それは、第二次世界大戦というものはドイツによるヨーロッパ戦線と、日本とアメリカでの太平洋を舞台とした戦線で゜第二次世界大戦と言われます。
フッと私は・・・イギリス(連合国)としても東南アジアで日本と戦ったこともあります。
戦後にそりことを少しはPaulも知っているとうか学習したというか・・・そんなことがあったのかと私の個人的に考えたことでした。
もしそうであれば、敵であった日本という国に対して何か他の思いがPaulにはあるのでは?と勝手な妄想を私はしたことがあります。
戦後にPaulがこのことを知っていても、日本に10年来ないとは関係なくやはり感じています。
ただ日本での警備や価格などスポンサーとの合意に到達しないのが今と。
これも想像です。
でも面白いと私が勝手に思うのは、あの時代に生きたPaulやJohn、George、Ringoは日本と戦ったなんて思ってないと感じます。あくまでもヨーロッパ戦線が第二次世界大戦であると今でも思っているのではないかと。日本のことは実際に今でも意識にないであろうかな?と私なりに感じます。
そうでなければ来日できな無かった75年、変な国外退去だった80年があり、後に3度も日本公演した以上は嫌いではないのは明らかと思っています。
変な話ですいません。