まだ続きます
母が家に帰りたいと思うようになった経緯です。
1か月半で重傷者管理個室に移された母に、ステロイドの投与が始まりました。
私はこの頃、覚悟をするときと思い介護休暇を取得していました。ずっと付き添っていたのです。母は痛みは不思議と相変わらずないものの、体力の低下で、どうしてこんな病気になったのかや死ぬこと、自分が死んだ後のことしか話さなくなっていました。
ステロイドの投与3日目位で驚きのことが起こります。体調が急激に良くなったのでです。話もすらすらできて、なんと食欲が出てきたのです。兄や父は大喜びで出始めの栗で栗ご飯やサンマの塩焼きを持ち込ました。するとバクバクと食べるではないですか!それからはうどん系カップ麺にたこ焼きにうな重、牛丼におはぎと大好きなざらめのおせんべいと何でも食べるのです。そして表情に笑顔がもどってきたのです。「うなぎとケンタッキー食べたんだって?」と回診の医師に言われて「オホホ」とおばさん高笑いをする母の声が今も忘れられません。
しかしこの元気はステロイドの一時的な魔法であること、病気は着実に進行していることを家族に医師から伝えられます。そして母には医師から「一度また家に戻ってみるかい?」と提案されるのです。母は即答しませんでした。
その日の深夜、横になっていると母が「・・・戻れるかな」と小さな小さな声でつぶやくのが聞こえました。うとうとしていた私は簡易ベッドから飛び起きて「戻れるよ!戻ろうよ」と思わずいいました。きっと母は最初からずっと家に帰りたかったのです。
決して広くも新しくもきれいでもない家ですが、それでも自分のうちに帰りたかったのです。
家族には「例え家で最後を迎えても良いよね?」と相談し、今度はちゃんと準備をして迎えようと家族一致で決意したのです。
病院側に退院希望を伝えると、ターミナルケアの看護師と看護師長、退院ケアの担当看護師がつき、何もわからない私達をよそにさささーっとケアマネージャーの選定やら書類作成などすぐに着手してくれました。
母は帰宅を楽しみにするようになり体力造りのためと称して食事にも一層気合が入りました。