1999年7月、人類は滅亡するというなんとも強烈な予言で世間を騒がせた五島勉氏の著書「ノストラダムスの大予言」。その予言の月が来たときになんにも起こらなかった、予言が外れたということもあって、今ではすっかり忘れられた。その世間を騒がせた1974年から50年も経た今、これを覚えているのは60代以上であろうか。

 

 

 

「日本沈没」に続く大災害映画。

「ゴジラ」を当てて一連の東宝特撮映画で名をはせた田中友幸プロデューサー。その彼は1973年にまた「日本沈没」で特撮映画として大ヒットを打った。

その「日本沈没」で大災害を題材にしたものが当たったので、新たな特撮映画の路線を見出した田中は当時大ベストセラーになっていた五島勉氏の「ノストラダムスの大予言」に目を付けた。特撮映画に対する田中の嗅覚は鋭いと思う。

 

そんなわけで製作された「ノストラダムスの大予言」は文部省推薦され(!)、その年の興行収益が第二位という大ヒットになった。第一位が「日本沈没」なのである。

それでめでたしめでたし、となればよかったがそうはならなかった。

 

 

映像が封印されているなら、せめてもの音楽は・・。

 

偏見と差別を生む描写。こうしてこの映画は封印された。

大阪の反核団体に所属した青年がこの映画を観て憤慨した。

被爆したニューギニアの原住民が人肉を食らう人間になるというところと、核戦争後に頭が肥大したミュータントが出現するというところが、被爆した人間への誤った偏見や差別を助長すると東宝に反核団体が抗議するに至った。東宝は問題にされたこれらのシーンをカットすることで上映中止は免れた。カット版で上映続行となった。

 

だがこれが後を引いてビデオやDVD・ブルーレイ化にされておらず、映画館でも配信でも取り上げられずに鑑賞は困難になっている。

 

 

「ノストラダムスの大予言」の出来は? 

映画としてのクオリティは低いと思う。

公害によって高速走行する異常体質、超音速機の爆発でオゾン層が破壊され紫外線で地表や人間が焼かれるとか、放射能で人間が食人鬼になるとか、映画だから荒唐無稽なことで話を盛るというのはありがちだけど、あまりにもばかばかしいのでかえって白ける。

この辺りがクオリティが低すぎると感じてしまうのだ。

 

しかし反面、今見るとリアリティを感じさせるところもある。

※世界規模の環境汚染

※食品添加物まみれ

※原発が危険であること、核廃棄物の処理や地震によって放射能漏れがおこる

※海洋汚染による海洋生物の減少、死滅

などが挙げられる。

 

となるとそれほどひどい作品にも見えないが、前述した話を盛ったところが目立つんだよね。特撮映画だから、その部分で派手に見せるというところは否めない。

公害などの環境汚染への警告という大真面目なテーマを掲げながら、結局キワモノ映画ということに落ち着く。

 

そして東宝も50年も経っているのにソフト化するのに及び腰で今だソフト化されず。サブスクでも駄目だ。私が生きているうちに解禁になってほしいと思う。作品の質は極めて低いが、おどろおどろしい岸田今日子のナレーションや、丹波哲郎が大演説をするところはなんだかひきつけられるのである。また見たいよ。

 

いたいけな中学生の絶望から希望へ変えた文庫本。

 

ちなみに「ノストラダムスの大予言」が話題になったときは中学生だったから、これを本気にして俺は30代末に地球と共に消えていくんだと絶望した。だが、ほどなくして高木彬光氏の「ノストラダムスの大予言の秘密」という本を出した。フランス語も堪能な高木氏、古語でもある原文の予言詩を読み解き、ノストラダムスは人類の滅亡を予言していないと断言したのだ。原文の予言詩はあいまいな表現が多く、読み手がどうでも解釈できるというのだ。そこで1999年7月の人類滅亡とされる詩も五島氏の解釈により意図的に人類滅亡の時を創作しているとしている。ただし、ノストラダムスはこの予言詩を持ってインチキ占い師と言っているわけではなく、全体の15%は当たっていると高木氏は評価している。たった15%かという向きもあろうが、予言者の的中率としては高い方らしい。

 

 

なんとも人騒がせな書籍

ともあれ、この本を読んで今までの絶望的な気持ちから救われた。この本を読んだ人は皆ほっとしたことであろう。だからテレビで映画の特集番組を放映したときも不安感はまったくなし、五島氏がおどろおどろしく詩の説明しようがこちらは平気で、単に特撮映画としての興味で番組を観た。もちろん映画も観た。当然絶望的な気持ちではなく、特撮映画として楽しんだのである。

 

絶望から救った福音の署

「キャプテン・アメリカ ブレイブ・ニューワールド」はまあまあ面白かった。アメコミの映画化も変にこねくり回したりして、主役が悩んだりして観ているこちらの気持ちが上がらないというものが多かった。

けれどもこの「ブレイブ・ニューワールド」はそれがなくて、正しくスーパーヒーローのあるべき姿を描いていたように思う。近頃の映画の中ではすっきりさせてくれる。

そういうと中身がない軽い映画と映画通であればあるほど軽蔑する作品ということになるだろう。

でも、私としては後味が良い映画が好きなのでたくさん作られたアメコミの映画化の中では面白いと思えた。こういうのが娯楽映画のあるべき姿ではあるまいか。

あるべき姿というのはこの「ブレイブ・ニューワールド」にもうひとつある。

それは観る前にはまったく想像できなかった“日本の政治家のあるべき姿”だったのだ。

日本で開発したアダマンチウム(これはアメコミでこしらえた架空の鉱物だとか)が何者かに盗まれるのだが、それがアメリカのたくらみではないかと疑う。そのため日本の首相はアメリカが主催する国際会議を欠席する。アメリカの大統領は日本が加わらないと、この国際会議が意味をなさない。そこで大統領は総理大臣を説得にいくがうまくいかない。それどころか日米が戦争の危機を迎えるのだ。

・・・・という筋書きには一片のリアリティもない。いくら荒唐無稽の作品であっても、こうも本物らしさが欠けたストーリー展開には唖然とした。適当に書き飛ばしているなあ。

もう少し真実味を加えろ、と言いたい。

私たちは日本がアメリカの忠犬だということはよく知っている。安倍晋三とトランプ、岸田文雄とバイデン。アメリカにヘこへこしている国辱的な態度を知っているのだ。あれを見せられた私は情けない、と溜息をついたが、日本のセンセイ方の卑屈さときたら、こんなもんが日本のリーダーだなんて恥ずかしい。

でもこういうストーリーがリアリティがなくとも捨てがたいのである。

日本の総理大臣なんぞアメリカに騙されようとも会議をすっぽかすなどアメリカの顔をつぶすようなことはしない。おとなしくアメリカ様についていく。

だいたいアメリカの大統領が首相に対して下出に出るという珍場面まである。それに対してわれらが首相は毅然とした態度だ。現実には逆だよ。

という具合でめちゃくちゃなんだよねえ。この部分は。この

物語の原作者はまったく日米関係がわかっていないじゃないか。ちゃんと取材しろよ、と思う。

アメリカに対してこちらの利益にならないもの、異を唱えたいこと、間違ったものがあればそれに対してきっぱりと違う、こちらもこうしたいと言う・・・。

現実はアメリカがこうやれと言ったら、仰せの通りにしますというのが日本だからなあ。

この映画の尾崎首相はまったく現実的じゃないが、理想の日本の首相としてあるべき態度を示しているのだ。こんな日本人がハリウッドで描かれるとは思わなかった。

しかもガタイが良いし、大統領役のハリソン・フォードよりも背が高い。見栄えもいいのだ。そんな彼が毅然たる態度を取るから格好よく見える。

平幹二朗に似ているなと思ったら、彼の息子だったね。

 

Netflixでリメイクされることで、このオリジナル版が再び注目されるのはいいことだと思う。

こういうよくできた娯楽大作が無視されるのはよろしくない。

面白いのにヒットしなかった不運な映画

しかし、封切り当時客が入らず爆死したのである。作品の面白さから言うと納得できない。タイトルだってキャッチーではないか。なんで不入りだったのだろう?

この映画は新幹線の走行がある一定の速度まで下がると爆発するという爆弾を仕掛けられて、犯人と警察、国鉄(今はJRだが)側との知恵比べになるサスペンスあふれる映画になっていることである。てっきり小説か漫画かに原作があるのかと思いきやオリジナル作品だというところにとても感動した。日本の映画屋さんもこれくらいのものができるのであるという証明をしていた。そういう映画屋さんの頑張りを思うとこの興行的惨敗は非常に残念だ。

ところがである。海外では大ヒットした。それを受けてフランスで上映したバージョンが凱旋上映された。不入りの映画を再び上映するというのは稀である。当時はパニック映画ブームで、本作も日本でもパニック映画を作れということで製作されたのだ。

「新幹線大爆破」は何を模倣したのか?

そんな「新幹線大爆破」は、ハリウッドのノンストップアクション映画「スピード」の元ネタとよく言われる。よく似ていると私も思う。「スピード」が公開されたときに東映で盗作として訴訟しようという声が上がったらしい。しかし「スピード」の脚本家グレアム・ヨストは「暴走機関車」が発想の元になったと語っている。「暴走機関車」は黒澤明がアメリカで映画化しようとして挫折したもので、後にアンドレイ・コンチャロフスキー監督で映像化された。

「新幹線大爆破」には触れていないとは言え「スピード」は「暴走機関車」と「新幹線大爆破」を混ぜ合わせたと言えるのではないだろうか。そうなると「新幹線大爆破」はハリウッドの傑作の元ネタとして誇りにしていいかもしれない。

だがその乗り物がスピードを下げると爆弾が爆発するというアイディアは「新幹線大爆破」以前にもあるのだ。

 

 

 

 


 

 

 

それが1966年のアメリカのテレビ映画「夜空の大空港」なのである。旅客機が高度を下げると爆発する爆弾を仕掛けられたというもの。本作で犯人一味のひとりとして出演した山本圭がプロデューサーにその話をした。すると「あっ、わかる?」と答えたというから、これはそこからアイディアを拝借したといえる。

でも私はだからと言って「新幹線大爆破」を盗作したとか真似したとかで批判はしない。映画に限らず前の作品からアイディアを拝借することは小説でも漫画でもよくあることだし、これが盗作とはどう区別するのかと言われれば境界線はあいまいだ。そういうことはまあ裁判になったら司法の判断にまかせておこう。私はその模倣具合を楽しめたらいいのだ。「スピード」も「新幹線大爆破」もパクリ・・・もとい参考にしたとは言えとても面白い映画に仕上がっているから良いじゃないか