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ひとやすみ ひとやすみ

鰯の頭も信心から



どんなつまらないものでも信心するとありがたく思えてくること。節分の日にヒイラギの枝に鰯の頭を刺して庭先に下げ、魔よけをする風習があったことによる。たとえば、民間の健康法などでも、本人が効くと思って実行していることが、他人からはくだらないものにしか見えなかったりする。そんなとき「鰯の頭も信心からだからね」と言うのだ。いろはがるた〈京〉の一つ。


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神も仏もあるものか




人を救ってくれる神とか仏とかは存在しないと言う。例えばの話、家は焼け、一家の主人は職を失い、おまけに子供が病気になった。そんなとき、「おお、神よ」と救いを求めたくなるが、救いの手は伸びてこない。それじゃ、「神はいないのか」という恨み、「こんな時いないなら神じゃない」という憤り、それらがこの言葉になる。世の無常をはかなんだり、絶望的な状況になったときに出てくる言葉だが、ここでいう神とは、もちろん日本古来の八百万(やおよろず)の神のことだ。

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人を呪わば穴二つ



人を呪い殺そうとすれば、その人を埋める穴のほかに、自分を埋める穴も掘って用意しておかなければならない。つまり、自分もまた必ず報いを受けるということを言っている。だから、他人に害を加えようとしてはいけないということか、あるいは、やるからにはそれだけの覚悟がいるということだ。