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ひとやすみ ひとやすみ

野暮天



「天」は、とびっきりのような感じなのだろう。特別野暮な感じを与える人のことを野暮天と言った。野暮とはいまならセンスが悪い、鈍い、おしゃれでないということで、特に男女の機徴に鈍感なことを言った。だから野暮の反対は「粋(いき)」である。もともとは粋も野暮も遊里の事情に通じているかそうでないかをあらわす言葉でもあった。野暮な男は吉原の遊女にも嫌われていた。


ひとやすみ ひとやすみ

うちの宿六



親しい仲間うちでは、女房は自分の亭主のことを宿六と言い、亭主は女房のことを「山の神」とか愚妻とか言ったものだ。「宿六」は「宿のろくでなし」だから決してほめて言う言葉ではない。「山の神」同様、戯れである。でも、戯れにせよ、昔から男は情けなく呼ばれ、女は強く呼ばれていた。ああ。



ひとやすみ ひとやすみ

寄り合い



いくつもの世帯が一箇所に集って住む寄り合い世帯がなくなってから、人の集まりも寄り合いと言わなくなった。いまは、集合、集会、会合、飲み会、夕食会だ。みな味気ない。「寄る」には、心が傾く、引きつけられる、たよるの意味があるから、寄り合いには、よほど人間臭さがあったのだが。