ケサランパサランという不思議な響き。
初めて聞いたのは中学生の時だったと思う。
学校から帰る時
一緒にいた友だちが
「あっ、ケサランパサランだ！」と言った。
指さす方を見たら
何か得体の知れないふわふわしたものが
空中を飛んで行った。
☆彡
「見たらいいことあるんだよ」とか
「つかまえると幸せになるんだよ」とか
いろんな話を聞いたけれど
それよりも何よりも
ケサランパサランって一体何？
生き物？
無機物？
生きているんだとしたら
植物？
動物？
虫？
それとも妖精？
何か餌をあげて育てるの？
そこがはっきりしないと
つかまえるのも
なんだか怖かった。
☆彡
それから大人になるまで
何度か同じようなふわふわしたものを
目撃したことがあった。
タンポポの綿毛のように
ふーっと行く先が想像できるような飛び方ではなくて
自由気ままに意思を持って飛んでいるような動き。
見かけるたびに
あの時の友だちの
「ケサランパサランだ！」という言葉を思い出した。
☆彡
大人になってからもうずいぶんたったある日
家の近くを歩いている時
本当に久しぶりに
例のふわふわしたものが飛んでくるのを見た。
やっぱりその時も
「あっ！ケサランパサランだ！」と心の中で言って
こちらに向かってきたので
ぱくっと両方のてのひらを合わせるようにして
つかまえてみた。
もう大人になったので
怖くはなかった。
そっとてのひらを開くと
消えたりしないでちゃんとそこにあるのを見て
「つかまえることができるんだ」と
ちょっとびっくりした。
あたりをよく見ると
あとからあとから飛んでくる。
え？
何…？？
これはケサランパサランの本拠地でもあるのかも
と思って
その飛んでくる方向をたどっていくと
小さな川の淵に生い茂った
背の高い雑草の中にまぎれるように
ギザギザとげとげした
高さ70cmくらいの植物が何本か集まって生えていて
その植物の先端についた
やはりとげとげの
いくつかの実のようなものがばっくり割れて
その本体とは似ても似つかない
ふわふわの綿毛が
風に吹かれて
次々飛び立って行くところだった。
もし植物だったとしたら
タンポポみたいな花だろうな
と思っていたけど
あまりにも意外な風貌だった。
☆彡
ともかく
せっかくつかまえたし
どうしようかなと思った結果
「ひとまずジャムのびんに入れてフタをして…」
となった。
それをどうする訳でもなく
棚の上に飾って
引っ越すたびに持って行って
時々うっとり眺めるくらい。
ずっとそのままになっていた。
☆彡
それが先月くらいから私の中で始まった
部屋の片づけブームの最中
ふと目にとまって
「これどうする？
このままずっと持ってる？
一生？」
と考えることになった。
ジャムのびんのフタを開けたところ。
底の方にひっそりといる。
黒をバックにするとこんな感じ。
綿毛の感触はつるつるすべすべ。
つかまえた当時と
見た目は特に何も変わってない。
枯れてる訳でもないし。
そして
これが本当のケサランパサランだったとして
言い伝えの通り
いいことがあったり
幸せになったりしたか
これまでの自分の人生を振り返って
確かめてみた。
うん。
いいこともたくさんあったし
じゅうぶん幸せにもしてもらった気がする。
だからもうそろそろ
放してあげてもいいんじゃないかな。
またどこかに飛んで行って
誰かのもとへ降り立って
幸せを運んでくれるよう。
☆彡
それで昨日
久しぶりに晴れて
いいお天気になったので
近くの広い運動公園まで行って
ケサランパサランを放すことにした。
びんのフタを開けただけで
もうふわふわっと外へ出たそうに
動き始める。
指先でつまんで
腕をまっすぐに高く上げて
ぱっと放した。
自由になってうれしそうに
飛んでいく。
すぐその辺に落ちて終わるかなと思ったけど
上昇気流に乗ったのか
ぐんぐん高いところへ上って行った。
濃くなってきた初夏の緑をバックに
しばらく漂っていたと思ったら
一気に舞い上がって
それからあとは
空の色にまぎれて
もう見えなくなってしまった。
「さようならケサランパサラン
今までありがとう」
と言ったら
ちょっと寂しい気持ちになった。
あんなに高く飛べるなら
ずいぶん遠くまで
風に運ばれていくかもしれないな。
幸せをのせて
いつかどこかに降り立って
誰かのもとへ届くよう。
そう祈ったら
少し心が軽くなった。