苦の後には、天国が。 あることもある。[後編] | 運の良い人・まる◎さんの感動日記

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運がよくなる 願いが叶う 金運が良くなる ダイエット 成幸になる方法 神社巡り 郷右近丸彦

2周目。転倒して遅れた時間を取り戻したい。
2周目は一度走ったコースなので、ある程度次の展開が読める。
アップダウンが激しいコースだが、コースの予測がつくだけ気分は楽になる。
直線で前を走る自転車を何台か追い抜く。
追い抜ける自転車もあるが、追い抜かれることもある。
いや、むしろバイクパートでは速い自転車がかなりいるので、バンバン追い抜かれる。
これは仕方ない。
トライアスロンの競技中、もっともスピードが出るパートがバイクパートである。
抜かれたことを悔やまない。
自分のペース。自分の走りが重要なのだ。

沿道では、エイドステーションで水を差し出す係がいる。
水でーす。
ありがたいが、バイクで走りながら水を受け取る余裕はない。
他のバイク選手も水を受け取らずに走りさっていく。

沿道に座り込んで応援してくれているおじさんもいる。
がんばれー。
小さな子供を連れて手をふるお母さんもいる。

ありがとう。
がんばるよ。

いつしか雨はやんでいた。
タイムはどうだ。
目標より遅れた時間を取り戻すことはできるのか。
3時間を切るためには、ランにつなげる時間は残り1時間以内でいたい。
あと1時間で2周と半分をクリアーできるか。
バイクパートを必死で漕ぐ。
漕ぐ脚を休めたりしない。

走れ。
走れ。

あまり何も考えていない。
無心に走る。
走ることだけに集中する。

周回すると前に転倒した場所を通過する。
かなり鋭角のコースだ。
排水溝の鉄册に乗り上げて滑って転倒したのだ。
金属は濡れると滑る。
今度は減速して充分気をつけて通過する。

残り2周。
残り1周。

残り1周に入ったところで、エネルギーバーであるカーボショッツを取り出して飲む。
以前トレーニングをしていて、バイク80キロを走った後にランがまったく走れなかったことがある。
これをハンガーノックというのだと、小金井トラ連の先輩から教わった。
カラダの中にあるエネルギーが枯渇してしまう現象だ。
時間にするとおよそ3時間。激しい運動を続けると3時間で体内に蓄えていた運動エネルギーが切れるのだ。
エネルギーがなくなる前に補充する。
それが、このエネルギーバーだ。
かなり甘いジャムのようなものだが、これを背中から取り出してバイクを漕ぎながら食べる。
気持ちに気合いが入る。
後、1周だ。



バイクパートを終えてトランジットに帰る。
今度は少し気持ちに余裕ができたので、素早く着替える。
後10キロ。

ランを走りはじめたが、かなり消耗をしている。
だいたいは自分がどのくらいのスピードで走っているかがわかるものだが、キロ6分で走れていないかもしれない。
1キロを何分のスピードで走れるか、というランの目安があるのだが、少なくともキロ5分で走りたい。
自分の実力では、調子が良ければキロ4.5分で10キロを走り続けることができるのだが、今は疲労が蓄積して、
キロ6分以上かかってしまう走りになっている。
両方の股がつりそうだ。
無理に力をかけすぎると、たぶんつってしまうことが判る。
バイクパートで坂を登る時に筋肉を使いすぎたからだ。
股がつらないように走る。
10キロの始めなのに、すでにかなり疲労している。
辛い。
あと10キロもある。
苦しい。
けれども走る。
ランの走りはじめからこんなにキツイと思ったこともないかもしれない。

練習ならあきらめて歩くこともするけれど、ここで歩いては何にもならない。
きつくても走る。
ゴールを目指せ。
ベストを尽くせ。

もう一本のカーボショッツを食べる。
カフェイン味だ。カフェインが入っているので、意識がしゃっきりしますよ、と店員さんが勧めてくれたが
よくわからない。無我夢中だ。

エイドステーションにさしかかる。
水でーす。
紙コップを差し出す手。
受け取る。冷たい水だ。走りながら飲むのでこぼして顔にかかる。
飲み終えたコップを捨てるためのゴミ袋をもってくれているスタッフがいる。
ありがとう。コップを投げ入れる。

水を飲むために立ち止まった選手がいた。
追い抜く。
前方に走る選手が数人見える。
みな同じくらいのスピードである。
少しづつ少しづつ距離を縮める。
何人かを追い抜く。

ランコースは海岸線を走るコースだ。
曇り空だが、海が開けてきれいな景色だ。
しかし感慨にふける余裕はない。
苦しさに耐えて必死で走る。

折り返しで帰ってくるかん8親分に合う。
互いに手をふり挨拶をする。
親分は快調に走ってる。

自分は苦しさを押さえて走る。
早く終わってほしい。ゴールにたどり着きたい。
そう思って走っている。

一人、さわやかな感じで追い抜いていった人がいた。
転んだんですか。と声をかけてくれた。
無言で頷く。右脚は血だらけになっていた。

ランのコースは平坦ではなく、けっこう登り坂下り坂がある。
体力が消耗している時の上り坂は堪える。
脚が前に進まない。心臓もバクバクいう。

ゆるい登りを終えて
ようやくランの折り返し地点。
後、5キロだ。
折り返すと、小金井トラのチームメイト、ムツゴロウさんの姿が見えた。
俺の後ろにいたのか。
ここで抜かれるのは嫌だ。
あせりながら、必死で脚を前に出す。
しかし、自分との戦いである。
後ろは振り向かない。
いいプレッシャーになってペースが若干早まったかもしれない。
ランを走り始めた時は、キロ6分から7分くらいで走っていたが、キロ5分近くに上がってきているかもしれない。

後半戦、かなりキツイ山のような登り坂に出くわす。
前を走っている人がたまらず立ち止まる。歩いている。
その横を追い抜く。
自分は歩いてはいないが、走っているというスピードでもない。
それでも気持ちは走ることをやめない。俺は歩いちゃダだ。
走り抜くんだ。

時計を見る。
もうすでに目標の3時間を切ることはできないペースになっている。
しかし、あきらめてはいけない。

トライアスロンの大会に出場して、完走をする。
と決めたのは今年の1月。
1月に走った時は、1キロ走るだけで心臓がばくばくいった。
久しぶりに泳いだスイムでは、100メートルをクロールで泳げなかった。
トライアスロンで完走するなんて、夢の夢かもしれない。
と、遠い目になった。
練習をして1ヶ月になった。
5キロくらい走れるようになったが、1時間近くかかった。51.5キロを4時間以内に走るのはかなり無理があると呆然とした。
それでも、続けてきた。
今年中にトライアスロンの大会に出場して完走する。
とにかく完走すればいいんだ。
タイムも距離もいいじゃないか。どんなものでも。
どの大会に出たらいいのか、トライアスロンをしている友人が、伊豆大島の大会がデビューするにはいいんじゃないか
とアドバイスしてくれた。
だが、伊豆大島の大会は6月6日。何も運動をしていないカラダで練習を始めてたった5ヶ月で完走をできるカラダになるのか。
まったくわからなかった。
伊豆大島の大会は、AタイプとBタイプがあった。
Bタイプは、スイムが750メートル、バイクが20キロ、ランが5キロだったので、思いきって短いBタイプに申し込みをした。2月のことだ。
目標を決める。決意をしなければ何も変わらない。
自分でトライアスロンを完走するという気合いを入れた。

トライアスロンの情報をネットで探した。
ショップを見つけたので、行ってみた。
しかし、あまりにも自分の実力が伴わないので、ショップに入っても店員さんに声もかけられなかった。
一人店の中にはお客さんがいて、店の人と話をしている。
しかし自分では話をする話題すらなかった。
恥ずかしさの気持ちで店を出た。

少し体力がアップした頃
mixiで、超初心者トライアスロンというコミュニティをみつけた。
ここでいろんな情報を得た。
みんな初心者なので、気持ちがらくだった。
そこで知り合った人に小金井市トライアスロン連合があるよ、と教わった。
興味があったら声をかけてみてくださいとのこと。
おそるおそる小金井市トライアスロン連合の代表者の方へメールを送った。
メールの返信がきた。
まったく一面識もない人だったが、一緒に練習会に参加させてもらうことにした。
その人が、かん8親分だ。今は俺の尊敬する師匠である。

はじめの大会として、Bタイプに申し込んだが、がんばればAタイプのオリンピックディスタンスでも
出場して完走できるようになれる。
なによりも、オリンピックディスタンスを完走した方が喜びが大きいから、Aタイプにすることを勧めるよ。
と、かん8親分は言った。
超トラコミュでは、俺と同じくらいの年齢で、同じくらいに始めた人が、オリンピックディスタンスは無理。
無理するのはよくない、と意見を言ってくれた人もいた。

けれども、オリンピックディスタンスに目標を切り替えた。
はじめから、キツイことを判っていてやることを決めたトライアスロンだ。
目標は大きい方がいい。

オリンピックディスタンスに目標を定めてから、自分の目標タイムを計算した。
はじめは、4時間制限時間を3時間半で走れり切れるようにしよう。と思った。
練習を積んでいったら、3時間15分を目標にしてもいい、と思うようになった。
レース直前には、3時間を切ってやる ! という闘志に変わっていた。


そうして走り続けた結果が、今出ようとしている。
走っている自分が一番判る。
もう3時間は切ることができない。
それどころか、3時間15分も切れない可能性もある。
あきらめるな。

俺の約半年はなんだったんだ。
息が苦しい。
しかし、脚を前に出すスピードをゆるめてはダメだ。
ピッチをあげろ。
自分の誇りを取り戻せ。


ゴールに近づいてきた。
沿道にかん8親分と北さんが笑顔で立っている。
もう少しだ、がんばれ。と手を差し出してくれた。
2人の手の平にタッチしてゴールに向かう。
必死で手を振った。脚を上げた。最後まで気を抜かない。

ゴールにはたくさんの人がゴールする選手を見守ってくれている。
次はゼッケン188番。
ご、ごう、ごううこんまる、ひこさん。とアナウンスが聞こえた。
名前を噛むのは愛嬌だ。

ゴール。
テープを切った。
拍手がある。
到着した選手を迎え、たたえる子供がよってきた。
紙コップをくれる。
ウイダーインの甘い水だ。冷たくておいしい。
大会特製のバスタオルを肩にかけてもらう。

完走した者は一人ひとりが勝利者だ。

ほどなくして、後ろにせまっていたチームメイトのムツゴロウさんがゴールをした。
彼を迎えて一緒に、かん8親分たちの元へ歩く。

おう、お疲れさん。
がんばったね。
みんな満面の笑顔だ。

残りのチームメイト、キンちゃんもゴールする。
全員が完走した。


完走した感想はどうだね?
と聞かれる。

複雑な心境だ。
完走をした。当初の目標はクリアーした。
しかし、レース直前に自分で決めた3時間を切るという目標を達することができなかった。
海が荒れた、波があった、転倒した、そんな理由はどうでもいい。
すべて、自分の実力だ。
今の自分の実力が、そのままここにある。それ以上でも以下でもない。
転倒したが、大きな事故にはならずに走り切ることができた。
これを「運」と呼ぶこともできるかもしれない。
それも今の俺の実力なのだろう。

今回、小金井市トラチームメイトで、ボクと同じく初の51.5キロに挑戦したキンちゃんが、
51.5キロの向こう側には何があるんでしょう?
という質問をした。
それに、先輩のサルさんという豪傑な女性はこう答えた。

何が待っているのか・・・。
かっこいい事言わしてもらうと
スタートラインが
あるよ!
完走はゴール
じゃない!

次に進む為の出発点で終点はないよ~!



まったくその通りだった。


完走をすれば、何か感動があるのだろう、と思っていた。
もしかして感極まって涙するかもしれない。
今までのことを振り返って、しんみりするかもしれない。

しかし、今の俺にその感情は湧いてこなかった。


次に向かって進もう。
次こそ絶対3時間を切る。

そして2年後、さらに過酷なロングディスタンスの宮古島にも出場できるようになろう。
そう誓った。


まだトライアスロンの道は始まったばかりだった。

感動プロデューサー  郷右近丸彦のプロデューサー日記