「結婚体質」「恋愛体質」どちら派? 結婚に向く人・向かない人(2) | かなこの「恋はときどき」

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いまどき男女の恋愛事情と、ドラマや映画の批評を、ときどき更新します。

 前回は恋愛体質について書いた。では「結婚体質」の人? すなわち……

 

 いつも同じであること、平穏を求める
 マンネリが落ち着く。
 すでによく知っている、得意なことを、継続することが楽しい
 波はないほど良い。が続いていて欲しい。
 はらはら、ひやひやするのが嫌い
 短期間だけ突出して力を出すより、長い時間をかけてゆっくり物事を成し遂げたい。
 中庸、地味でありたい。
 セックスは子供を作るためにするものだ。
 普通のこと、日常、生活が好き

 

 つまり、変化は苦手だが根気強い

 

 究極は、「恋愛はどうでもいいが、結婚がしたい」。

 

 恋愛体質と結婚体質。こんな風に違う性質のどちらに当てはまるのかは、それぞれの人による。「恋愛体質度100%」という恋愛市場主義の人もいれば、「恋愛体質」5+「結婚体質」5のバランスのとれた人も、「恋愛体質」1対「結婚体質」9で結婚向きの人もいるだろう。

 

 恋愛体質の人は恋愛の駆け引きは得意で好きだけれど、地道な結婚生活には向かないから苦労する。逆に結婚体質の人は恋愛は苦手で下手だけれど、結婚したら安定感がある。

 

 恋愛体質の人が結婚をするということは、いわば短距離走の選手がマラソンに挑戦するようなもの。何種類もの違う筋力を鍛えて数種目に挑む「トライアスロン」の選手でもあるまいに、短距離走もマラソンもうまくこなせる人がいったいどれほどいることか。自分が得意な筋力をあえて封じて、別の筋力を必要とする別の競技に挑むわけだから、本人が苦労する割に思うような成績を残せないのは当然の帰結だろう。

 

 でも、現代の日本では、8、9割の夫婦は「恋愛結婚」で誕生している。自ら相手を探して「自由恋愛」をし、「両性の合意のもとに」する結婚である。もとは「自由な意思に基づく結婚こそが最も幸せである」という、欧米の民主主義の価値観が下敷きにある。明治時代に「輸入」され、戦後に「常識」として根付いた。

 

(この項続く)

(元沢賀南子執筆)