◎「ほこら(祠)」

「ほきおりや(祝き降り屋)」。この場合の「ほき(祝き)」は、神の特異的な効果が起こること→「ほき(祝き)」の項。「ほきおりや(祝き降り屋)→ほこら」は、それが(神から)降りる家(いへ)のようなもの、の意。それは三方に壁があり、屋根があり、全体は小さな家のような形をしている。そこに神がゐるわけではない。しかし、そこをたずねると神の「祝(ほ)き」を受け、その効果がやどる。「ほくら」とも言い、こちらの方が表現は古そうです。「ほくら」は、「ほきふりや(祝き降り屋)」。「祝(ほ)き」が降(ふ)る。意味は「ほこら」とおなじようなもの。

「そのほこらに、修行しける僧のやどりて、ねたりける夜」(『宇治拾遺物語』「出家功徳事」:人が入って寝られるほど大きい)。

「叢祠 ホコラ」(『書言字考節用集』:厳密に言うと、原文にある「叢」はこのような字ではなく、「艸(くさかんむり)」と「王」と「取」が組み合わさった字ですが、同字でしょう。意味は、叢(くさむら))。

「稲荷のほくらに女のてにてかきつけて侍りける」(『拾遺和歌集』詞書:これは「ほくら」。歌を書きつける稲荷(いなり)の「ほくら」ですから、これは神庫・宝倉(「ほくら(神倉)」の項)ではない)。

 

◎「ほこゆけ」

「ほかをゆくへ(他処を行くへ)」。「ほこゆけ(矛由氣)矢(や)刺(さ)して追ひ入るる時」(『古事記』)といった表現がなされる。「ほかをゆくへ(他処を行くへ)矢刺して」…ほかを行こうとすると矢で刺され一定方向への進行が迫られている。これは『古事記』には「矛湯気(矛ゆけ)」と書かれ(「気(け)」は乙類)、「ゆけ」は「ゆき(行き)」の他動表現とも言われるのであるが、「ほこ(矛)」は音(オン)で書かれていない。これは表記の際に音(オン)の似た矛(ほこ)だと思い、矛で進行が強く迫られている情景が思い描かれたのでしょう。しかし、刀(たち)があるにもかかわらず矛(ほこ)で強く迫るのは不自然に思われます。この語はたぶん「ほこゆけ矢(や)」、「ほこゆけ太刀(たち)」といった語が慣用化し、矢をもちいることがもっとも一般的だったのでしょう。それで刺すようにして一定ルートを進むことを強制する(他へ行くことを阻止する)。

「卽(すなは)ち横刀(たち)の手上(たがみ)を握(とりしば)り(相手の太刀を抜けないようにし)、矛由氣(ほこゆけ) 此二字以音 矢(や)刺(さ)して、追(お)ひ入(い)るる時(とき)…」(『古事記』神武天皇)。

「「自(みづか)ら御諸山(みもろのやま)に登(のぼ)りて、東(ひむがし)に向(む)きて而八廻(やたび)槍(ほこゆけ)し…」」(『日本書紀』崇神天皇:これは夢で自分がしたことを言っている。他へは向かず、ただ東へ向かう自分を表現している)。