「ふしはき(伏し佩き)」。「ぎ」の濁音化は持続を表現する。「ふし(伏し)」は、対象として独律化する存在感のある動態の発生、その経過たること・ものが表現される→「ふし(伏し)」の項。「はき(佩き)」は対象を自己その他に情況的感覚感・表面感・平面感を生じる状態にすることであり(→「太刀を佩き」)、この場合はことをそうする(ことがそうなる(つまり、その人においてことがそうなる))。この「ふし(伏し)」は「(木の)節(ふし)」で考えたほうがわかりやすいかもしれない。丸太や板にある、枝が生えていた部分の痕跡たるそれです。この部分が、たとえば板において、独律化する存在感のある部分として充足している部分であり、それゆえ「ふし」と呼ばれる。その「節(ふし)」は独律化した存在の発生であり、それが独律化しているということはそれ以外の他の板の部分においてはそこは空域であり、それが存在化していることはその空域が埋められ満たされているということであり、そうした「伏(ふ)し・節(ふし)」が、動態のあり方として、ことがそうなること(ことを佩(は)くこと)が「ふしはき(伏し佩き)→ふさぎ」。たとえば「夢をふさぎ」と言った場合、夢を「ふし」として佩(は)く。夢を空域が埋まり満たされた状態であることがその人のこととなり、夢を満たす・夢をかなえる、のような意味になる。「目をふさぎ」と言った場合、空域たる目が充足される(光の流通は阻害される)。「穴をふさぎ」も空域が充足される。「ふさぎ込(こ)み」は、その伏(ふ)し佩(は)いたことは自分自身であり、自分が独律的存在として発生し空域を埋め、発生の力はあるのだがそれが発生する空域はもはやない。

活用語尾E音による客観的対象の自動表現「ふさげ(塞げ)」、「ふさぎ」が情況化して現れる自動表現「ふさがり」(塞がり)もある。

「大臣(おほおみ)・大連等(おほむらじたち)奏(まを)して言(まを)さく、「皇太子(ひつぎのみこ)億計(おけのみこ:仁賢天皇)、聖德(ひじりのいきほひ)明(あきらか)に茂(さかり)にして、天下(あめのした)を讓(ゆづ)り奉(まつ)りたまふ。陛下(きみ:弘計(をけのみこ:顕宗天皇))、正統(まさしきついで)にまします。鴻緒(あまつひつぎ)を奉(う)けて、郊廟(あめのした)の主(あるじ)と爲(な)りて………上(かみ)は天(あめ)の心(こころ)に當(むか)ひ、下(しも)は民(おほみたから)の望(のぞみ)を厭(ふせ)きたまへ…」」(『日本書紀』顕宗天皇元年正月:清寧天皇が億計(兄・後の仁賢天皇)を皇太子にしていたが、天皇崩御後、その億計(兄)が弘計(弟・後の顯宗天皇)に位を譲り即位せず、大臣・大連等が弘計(弟)に即位を促している場面。ここで「ふせぎ」と読まれる「厭(エン)」は『說文』に「笮也」、「笮(サク)」は「迫也」と書かれるような字(「笮(サク)」の意は、狭(せま)い、や、圧(お)す)。「厭(エン)」の象形は「猒(エン)」が「厂(ゲン:崖。限界域)」にあり、「猒(エン)」は「飽也」とされ、「飽」は『廣韻』に「食多也」とされる字。つまり、「厭(エン)」は、飽くほど食い、満ちたり、その限界域外とは独律化した状態になっている。限界域たるそれは狭さや「圧(お)し」や「迫(せま)り」も感じられる(「厭」は「壓(圧)」の原字)。その状態に虚無をおぼえれば「飽(あ)く」や「厭(いと)ふ」(→「厭世(エンセイ)」)。そうした「厭」の字の『類聚名義抄』における読みは下記に書かれたようなもの。つまり、ここの「厭(ふせ)きたまへ」は、満(み)たしたまへ、や、叶(かな)へたまへ、のような意)。

「厭 …フサク カナフ アク(飽く) …イトフ シヘタク(虐ぐ) オサフ」(『類聚名義抄』)。

「今而預(あら)かしめ選はれて敢(あへ)て深き責(せめ)を塞(フサ)く」(『大唐西域記』巻十二 平安中期点:「責(せめ:責任)を果たす・満たす」のような意。「無窮之責(窮まりなき責(せめ)を)塞(フサ)がむ」(『三蔵法師伝』巻第九 承徳(1090年代)点))。

「憂悔 心を塞(フサ)ぐ」(『法華義疏』長保四(1002)年点:憂悔 心を伏し佩く→憂悔が心を限界的に満たし、ある)。

「…以て、…茨田(まむた)の堤(つつみ)を築(つ)く、是(こ)の時(とき)に、兩處(ふたところ)の築(つ)かば乃(すなは)ち壞(くづ)れて塞(ふさ)ぎ難(がた)き有(あ)り(二か所の、築くとすぐに崩れてしまうとこがあった)」(『日本書紀』:この「ふさぎ」は、空域を満たす(それにより水の流通が阻止される))。

「虱(しらみ)い若(もし)出(いで)ば蓋(ふた)を作(つくり)て蓋(フサ)グ応(べ)し」(『願経四分律』平安初期点(『小川本願経四分律古點(『訓店語と訓点資料 別刊第一』(大坪倂治:訓点語学会編))』))。

「僧食を壅(フサイ)で大法を障(ふさげ?)礙(さまた)ぐる」(『四分律行事鈔』平安初期点:「僧食」は(托鉢で得られる)僧侶の食べ物。それを僧侶が「壅(フサイ)で」いるという。ようするに、一部の僧や僧集団が独占占拠する状態になっているということでしょう。「乞食可得不等 今諸別住局見者多自壅僧食障礙大法 現是餓因」(原文当該部分とその周辺:「乞食」は托鉢のこと))。

「西ハ足利判官代義清、丹波国ニ打越テ、大江山ヲ打塞グト聞ユ」(『(延慶本)平家物語』三末「肥後守貞能西国鎮メテ京上スル事」)。

「窓をふさぐ」。「目をふさぐ」。

「女郎やのしうちにぐつとふさいで」(「黄表紙」『莫切自根金生木(きるなのねからかねのなるき)』:憤懣やるかたないような心情が沸き起こり満ちた)。

「「……昨日は……朝つぱらからふさいだ事があつて、寐て居たはな」」(「滑稽本」『浮世風呂』:気持ちが鬱々とすることがあった)。