◎「はなり(離り・放り)」(動詞)
「はなれ(離れ・放れ)」の他動表現。この他動表現・自動表現の関係は「わり(割り)・われ(割れ)」「はり(墾り)・はれ(晴れ)」「ほり(欲り)・ほれ(惚れ)」のようなもの。
「大君の命(みこと)畏(かしこ)み愛(うつく)しけ真子(まこ)が手離り(はなり:波奈利)島伝ひ行く」(万4414:古代東国の歌。「うつくしけ」は「うつくしき」の方言的変化。「真子(まこ:麻古)」は、妻や子や恋人などの親愛称というようなもの。この「はなり」は他動表現でしょう)。
「未通女等(をとめら)が放(はな)りの髪(かみ)を(放髪乎)由布(ゆふ)の山雲なたなびき家のあたり見む」(万1244:この「はなり」も他動表現でしょう。古代の少女の髪型に「はなり」がある。ただ後ろで束ねられていただけの「うなゐ」が解き放たれ髪をあげて結う状態になるものです→「うなゐ(髫髮)」の項。髪型というか、髪の状態を表現しもちいられる「はなり」という語は多い。「はなり」と言っただけで、幼女からある程度成長したとしごろの女の子を言う)。
「葦屋(あしのや)の 菟原負処女(うなひをとめ)の 八年子(やとせご)の 片生ひの時ゆ 小放(をばな)りに 髪たくまでに…」(万1809)。
「橘の照れる長屋に我が率(ゐ)ねし童女放髪に(宇奈為放尓)髪上げつらむか」(万3823:この歌は、その前の万3822を誤読し『寺に女を引っ張り込むなんてけしからん』という思いになった人がそれを作り直し作られた歌→「うなゐ(髫髮)」の項・2020年6月26日)。
「畳薦(たたみけめ:多多美氣米)牟良自(むらじ)が礒(いそ)の離磯(はなりそ:波奈利蘇)の母を離れて行(ゆ)くが悲しさ」(万4338:東国の防人の歌。「けめ(気米)」は「こも(薦)」の方言的になまった変化でしょう。ただし「こめ(米)」が「けみゑ(毛実餌)」と呼ばれ、これが稲柄(藁)を意味し「たたみけめ(多多美気米)」が藁畳を意味する可能性もないわけではない。枕詞「たたみこも(畳薦)」は「へ(重)」にかかりその印象のある語。「へだて(隔て:重立て)」の「へ(重)」である。「むらじ(牟良自)」は地名かもしれませんが、所在不明。この「むらじ」に、「むれ(群れ)」の他動表現「むり」の否定「むらじ」がかかっているということか。意味は、群れとしてけして一体化させない、ということ。そんな、多くの岩から一つだけ離れた「はなりそ(離り磯:波奈利蘇)」のように、母と離れて行く悲しさ、ということ。この「はなりそ(離り磯:波奈利蘇)」は、他動表現ではなく、「はなれいそ(離れ磯)」がそう聞き取られ書かれた、ということでしょう)。
◎「はなれ(離れ・放れ)」(動詞)
「はなあれ(花離れ)」。「あれ(離れ)」は対象との関係や対象相互の関係が空虚なものとなることを表現する。多くは空間的な距離が離れることによりそうなりますが、そうではない場合もある。「はなあれ(花離れ)」の「はな(花)」は桜であり、その風に散り離(あ)れていく様(さま)の印象による動詞。つまり、「はなれ(離れ・放れ)」は何かがそのような印象動態になること、樹木に一体化していた桜の花びらがそこから遊離したような状態になること。ものにかんしてもことにかんしても言う。ことをはなれれば関係がなくなったり、無関心になったりする。
「畳薦(たたみけめ)牟良自(むらじ)が礒の離磯(はなりそ:波奈利蘇)の母を離(はな)れて(波奈例弖)行くが悲しさ」(万4338:この歌の「はなりそ(離り磯:波奈利蘇)」にかんしては「はなり(離り・放り)」の項)。
「暫(しましく)も独(ひとり)ありうるものにあれや島のむろの木離(はな)れて(波奈礼弖)あるらむ」(万3601:「~らむ」は「らむ(助動)」の項。感嘆的想ひを表現する、というような語)。
「武庫(むこ)の浦の入江の洲鳥(すどり)羽ぐくもる君を離(はな)れて(波奈礼弖)恋に死ぬべし」(万3578)。
「四(よ)つの蛇(へび) 五(いつ)つの鬼(もの)の 集(あつ)まれる 穢(きたな)き身(み)をば 厭(いと)ひ棄(す)つべし はなれ(波奈礼)捨(す)つべし」(『仏足石歌』)。
「「…さやうに嫌疑離れても、また、かの遺言は違へじと思ひたまへて…」」(『源氏物語』:嫌疑とは関係なく、どう思われ、言われようと)。
「かかるをりふしの歌は(こうした定例的な祝の席での歌は)、例の上手めきたまふ男たちも、 なかなか出で消えして、 松の千歳(ちとせ)より離れて、今めかしきことなければ、うるさくてなむ」(『源氏物語』:「松の千歳(ちとせ)」以外には、ということではなく、「松の千歳(ちとせ)」というありきたりな表現よりはるかに…ということでしょう)。
「女親に離れぬるは、いとあはれなることにこそ…」(『源氏物語』:死別であれなんであれ、関係のある人と関係がなくなることを「~にはなれ」と表現する。「つれあひにはなれ」)。