◎「はじめ(始め・初め)」(動詞)

「はつしめ(初浸め)」。「はつ(初)」はことの部分域にあること(→「はつ(初)」の項)。その部分域さえない場合、そのことはない。「しめ(浸め)」は「しみ(浸み・染み)」の他動表現であり、これは、S音の動感により、対象に動をさせる使役型他動表現であり、対象を浸透的影響推進する状態にする(→「しめ(浸め)」の項・2022年1月4日)。「はつしめ(初浸め)→はじめ」は、ことの存在不存在を決定する域にある状態でそのことを浸透的影響推進する状態にすることを意味する。ことの存在不存在を決定する状態でものごとを影響下におき自己の影響のもとで進行する状態にする。

「天地(あめつち)初(はじ)めて發(ひら)けし時(とき)…」(『古事記』)。

「吾が大君の 諸人(もろひと)を 誘(いざな)ひたまひ 善(よ)きことを 始め(はじめ:波自米)たまひて…」(万4094)。

「をみなへし秋萩(あきはぎ)交(まじ)る蘆城野(あしきの)を今日を始(はじ)めて万世(よろづよ)に見む」(万1530:「蘆城(あしき)」は福岡県筑紫野市。第三句は一般に「あしきのは」や「あしきのの」と読まれている。「をみなへし秋萩(あきはぎ)交(まじ)る」はこのとき宴にいた人たちを象徴した表現でしょう)。

「次倭日子命(やまとひこのみこと)。此(この)王(みこ)の時(とき)、始(はじ)めて陵(みささぎ)に人垣(ひとがき)を立(た)てき」(『古事記』)。

「これを、つかふものども、「なほ物おぼす事あるべし」とさゝやけど、おやをはじめて、何(なに)ともしらず」(『竹取物語』:後世なら、親をはじめとして(そのほか誰も)、と表現される。かぐや姫が十五夜が近づくにつれひどく泣いているが、それがなぜなのか誰にもわからない、ということ)。

 

◎「はじまり(始まり)」(動詞)

「はじめ(始め)」の自動表現。始めの状態になること。

「このうた、あめつちのひらけはじまりける時より、いできにけり」(『古今和歌集』「仮名序」)。