「はかなし(努果無し)」。「はか」は努力の成果を意味する(→「はか(努果)」の項・7月29日)。努力に成果(報い)が無い情況であること。何かが無内容で空(むな)しかったり、何の効果も感じられず無駄な努力を、努力の空(むな)しさを、感じたりする。必死に努力したが成果がないこともはかないのですが、年月だけが過ぎ、得られたと思うような何かがないこともはかない、人間関係にこれといった手応えがないこともはかない、もっと大きな成果があるはずなのにそれが一瞬にして消えてしまうようなものであることもはかない。これといって特にとりたてることでもないことやものでもないものもはかない。現実的実効性のない思いや考えもはかない。ものやことの成果は、具体的・個別的なことであれ、価値評価・意味評価たる一般的・抽象的なことであれ、事実上無限にあるわけであり、それに応じ、それがない「はかなし」も多種多様な意味になる。

「ゆく水に かすかくよりも(数書くよりも) はかなきは おもはぬ人を 思ふなりけり」(『古今和歌集』:流れる水に指で文字や数字を書いても「はかない」)。

「思へば、船に乗りてありく人ばかり、あさましうゆゆしきものこそなけれ。よろしき深さなどにてだに、さるはかなきものに乗りて漕ぎ出づべきにもあらぬや」(『枕草子』:海に浮かぶ一片の船など安心・安定などととても言えない)。

「はかなきあだ事をもまことの大事をも…」(『源氏物語』:ささいなどうでもいいようなこともまことの大事も)。

「夢よりもはかなき世の中を嘆きわびつつ明かし暮らすほどに」(『和泉式部日記』:恋の相手が亡くなってこう言っている)。

「その人となくて(どういう立場のどういう人なのかということも知らず)、あはれと思ひし(恋仲になった)人のはかなきさまになりにたるを」(『源氏物語』:「はかなきさまになり」とは、死んでしまった、ということ)。

「…日の暮るままに雪の降積るも知らず行々て、暗く成にければ、行き宿る所も無くて、只墓無く木の本に下居て」(『今昔物語』:そこにいれば安心して過ごせるというあてがあるわけでもなく木の本に…)。

「…長谷に詣でて、いとはかなき家にとまりたりしに…」(『枕草子』:社会的にはかない)。

「いとはかなうものしたまふこそ、あはれにうしろめたけれ。かばかりになれば、いとかからぬ人もあるものを」(『源氏物語』:年齢に応じた人のあり方としてはかない。幼い、や、無邪気、ということか)。

「はかなき親に、かしこき子のまさる例は、いとかたきことになむはべれば…」(『源氏物語』:「かしこき」に対比されるわけであり、この場合の「はかなき」は愚か)。