◎「のけ(退け)」(動詞)
「のき(退き)」(その項・6月16日)の他動表現。退(の)いた状態にすること。「どけ(退け)」に意味は似ていますが、それは、原意としては、出ないようにさせること。
「よろづのことよりも………(車が)所もなく立ちかさなりたるに、よきところの御車、人だまひひきつづきて(供の車をひきつれ)おほく来るを、いづこだに立たむとすらむと見るほどに、御前(ごぜん:前駆の従者)どもただ下りに下りて、立てる車どもをただのけにのけさせて、人だまひまで立てつづけさせつるこそ、いとめでたけれ」(『枕草子』)。
「『……さればこの(横笛の)穴を吹く時は、必ずのく』」(『徒然草』:これは、笛の穴を少し遠ざけるような状態になる)。
「『はて、むさし野を退(の)けて、此様な大きな野は有るまい』」(「狂言」『入間川』:むさし野以外には)。
「言ってのける」といった表現がある。ある内容のことを言い、「言った」というその事象を遊離させ、もはや誰も関与できず、もうそれは取り返しはつかない、という状態になる。「死んでのける」という表現もある。自分が関与していた世界を遊離させるように死ぬ。「こりや痴呆(たはけ)。お末はどこに置て来た。アゝほんにどこでやらおとしてのけた」(『心中天の網島』)。「波風あらき折からは、あはや此舟只今うちわれてのくるよなど」(「仮名草子」『東海道名所記』)。
◎「のけ(仰け)」(動詞)
「のき(仰き)」の他動表現。何かを「のき(仰き)」の状態にすること。(顔や上半身が)上を向くような印象にする。しかし、自分を仰(の)ける場合は自己を客観的に表現した自動表現になる→「(顔が)のけぞり(仰け反り)」(頭部を主にした身体上部を「のけ」ている・「のき」になっている)。
「まことに寒げなりけるに、(幸文太(かうぶんた)に)衣くれて(幸文太は衣をもらい)、仰(の)け張りて出で来たりけるけしき、いみじかりけりとぞ」(『俊頼髄脳』:幸文太(かうぶんた)はのけぞるように胸を張り誇らしげに退出した)。
「山むし(山生し?苔生(こけむ)し、の、むし)ハ河岸の石のくづれおちて、もとのかしらも根になり、もとの根もかしらになり、又そばだてたるもあり、のけふせるもあれども…」(『作庭記』:石の自動表現)。
「熊手の柄を手本(てもと)二尺ばかりおきてづんと切りて落されければ、八町次郎のけに倒(たふ)れてころびけり」(『平治物語』)。