◎「ぬぐひ(拭ひ)」(動詞)
「ぬけくひ(抜け杭(くひ:悔(く)い))」。「ぬけくひ→ぬぐひ」が名詞となり、動詞化もした。杭(くひ)が抜けたとは異物がなくなったということであり、その異物は残れば悔(く)いが残るなにかです。そんな異物がなくなったなにものかが「ぬぐひ」であり、そうした、残せば悔いとなる、異物をなくすことが動詞たる「ぬぐひ」。最も一般的には、布で汚れなどを拭き取り除く動作をする。仏像の「おみぬぐひ(御身拭)」は俗世の穢(けが)れを除く。ちなみに、「てぬぐひ(手拭)」は、手をぬぐふもの、ではなく、手にする、携帯用の、拭(ぬぐ)ひ。
「ぬぐひいた(ぬぐひ板)」:「是はこざしきのかたすみにぬぐいいたしきあはせ、女らくねをすれば」(「浮世草子」『好色一代男』:「ぬぐひいた(拭い板)」は、なにかをぬぐう板ではなく、「ぬぐひ」がなされた板。それは気にもなり、物的にも心的にも支障となるなにかがなくなった、平らで艶やかな板)。
「ぬぐひうるし(ぬぐひ漆)」:「たとへしわざはまがるとも、心はさつはりぬぐひうるしの刀かけ」(「浄瑠璃」『大経師昔暦』)。
「ぬぐひおしろひ(ぬぐひ白粉)」:「ぬぐい白粉(おしろい)つややかに」(「浮世草子」『咲分五人娘』)。
「ぬぐひゲシヤウ(ぬぐひ化粧)」:「皃(かほ)はぬぐいげしやう(化粧)に口紅をさし」(「浮世草子」『傾城新色三味線』)。
「若葉して御目の雫ぬぐはばや」(「俳諧」『笈の小文』)。
「涙をぬぐふ」。「あいつがしでかしたことの尻ぬぐひをさせられた」(糞をもらしたのはあいつだ、おれじゃない)。
◎「ぬけぬけ」
「ぬき(抜き)」の自動表現「ぬけ(抜け)」が二語重なっている「ぬけぬけ(抜け抜け)」。動詞「ぬき(抜き)」にかんしてはその項ということですが(5月3日)、「ぬけぬけ」という表現には、「ぬけ」という事象が順次、連続的に起こることを表現する場合(1)と、その主体の能力に「ぬけ」がある場合(2:通常期待される能力が引かれさられた状態になっている)と、ある主体がそのものだけ周囲の環境から「ぬけ」、自己充足してしまっている場合(3)がある。
(1)「頼家公の祿を受(うけ)、恩を戴(いただく)諸軍勢、………鎌倉方へ裏返るか、又は城中ぬけぬけに、迯失(にげうせ)る不所存(ふしよぞん)」(「浄瑠璃」『源頼家源実朝鎌倉三代記』:少し、また少しと城を脱出し逃げていく。この表現は「ぬけぬけに」や「ぬけぬけの」という言い方をする。「不所存」は「不心得」のような意)。
(2)「猿、木に上りて、「海中に山なし。身を離れて肝なし」と言ひて、山へ深く入りぬ。虬(キウ)、ぬけぬけとして帰りぬ」(『沙石集』:「虬(キウ)」という蛇のような想像上の動物があり、その妻が猿の胆を欲し、うまく誘い海中へまで連れてきたが、なぜ連れて来たか言ってしまい、猿は「胆は山へ置いてきてしまった」とだまし、山までおくらせ、虬(キウ)はどうしようもなくなり、まぬけな状態で帰った、という話)。
(3)「『…エゝこな様はなふ侍のぬけぬけと、よふうそをつかしやんす』と…」(『鑓の権三重帷子』)。