◎「ぬく(温)」
「ぬけひ(抜け日)」。E音I音の連音がU音になっている。「ぬけひ(抜け日)→ぬく」とはどういう意味かというと、その人、あるいはそこ、だけが周囲の環境から抜け、日がさしているような状態であること。「ぬくぬく」と二音重ねても言われる。「ぬくし(温し)」というク活用形容詞、「ぬくみ(温み)」(自動表現)「ぬくめ(温め)」(他動表現)という動詞もある。また、周囲の環境から隔絶し独りだけうららかな日差しのなかにいるようなその印象は、環境刺激に対する反応の鈍さや思考反応の鈍さをも表現することになり、「ぬく」が、うすのろ、や、のろま、なども意味し、また、「ぬくぬく」は、その者だけ周囲の環境から抜け、日がさしているような状態であることは、周囲の事情を考えず配慮せず、ひとりだけ快適な思いにひたっていたりすることも表現する。
「『鱧の皮、細う切つて、二杯酢にして一晩ぐらゐ漬けとくと、温飯(ぬくめし)に載せて一寸いけるさかいな』」(『鱧の皮』)。
「二人つれたつ(連れ立つ)はい出の(這い出)ぬくが、くらや(暗屋)をのぞくごとくにて…」(『曽我虎が磨』:これは、まぬけ、のような意)。
「ぬくぬく 人の寒きにあづからず独(ひとり)あたたまる意」(『俚言集覧』)。
「ヤイ治兵衛、此の孫右衛門をぬくぬくとだまし、きしやう(起請)までかやして(返して)見せ…」(「浄瑠璃」『心中天の網島』)。
「ぬくみより(温み寄り)」。「ぬくみ(温み)」は暖かさであるが、その「ぬくみ(温み)」の「より(寄り)」があるとは、直接に温(ぬく)みがあるのではなく、間接的に寄って来る印象であること。温(あたた)かであるが、間接的に感じられるような微温です。「ぬくもる(温もる)」という動詞にもなっている。温(あたた)まるの意。
「肌のぬくもり」。
◎「ぬくとし(温とし)」(形ク)
「ぬくとよし(温と良し)」。「ぬく(温)」はその項。適度に暖かく(そのような印象で)心地よいこと。
「『お休みなさりまアせ。めいぶつまんぢうのぬくといのをあがりまアせ。おぞうにもござりまアす』」(『東海道中膝栗毛』)。