◎「にへ(贄)」
「にひゑ(新餌)」。生まれた(いままで無かった)食べ物。事実上、その年に実った農作物(とりわけ穀物)を言う。これは、神によってもたらされた自己の努力による産物であり、感謝の意をこめ神に供えられもする。つまり、「にへ(贄)」は、(神への)供(そな)え物(もの)、の意にもなり、さらには一般的に、献上物、さらには、(権威への)贈り物・捧げもの、といった意味にもなっていく。
「にほ鳥(どり)の葛飾(かづしか)早稲(わせ)をにへす(尓倍須)ともその愛(かな)しきを外(と)に立てめやも」(万3386:「にへす(尓倍須)」は、(神への)供(そな)え物(もの)をすること、という意味の「にへ(贄)」をすること。古代の、特に東国では、この「にへ」は厳重におこなわれており、住居内に神への供え物を(たぶん人が食するようなその状態で)供え、その状態で家人は家を出、屋外で夜を過ごしたりした。「その愛(かな)しきを外(と)に立てめやも」とはそういう意味であり、いくら贄(にへ)だからといってあの人を外に立たせておくなんてできないぞ、ということ。枕詞の「にほ鳥(どり)の」は、潜(かづ)き、と、葛飾(かづしか)、の、かづ、がかかっているということ。鳰鳥(にほどり)にかんしては「にほ(鳰)」の項)。
「凡(およ)そ調(みつき)の副物(そはりつもの)の鹽(しほ)と贄(にへ)とは、亦(また)鄕土(くに)の出(いだ)せる所(ところ)に隨(したが)へ」(『日本書紀』)。
「贄 …尓戸」(『新撰字鏡』)。
「手(た)むくへき 神のにえそと ことよせて おまへの河は やなうちてけり」(『新撰六帖』)。
「人の奉りたるにへなどいふものはお前の庭にとりおかせ給ひて、夜はにへ殿に納め…」(『大鏡』)。

◎「にへさ」
「にへさはあわ(煮経多泡)」。湯が煮え続け次々と沸いている泡。何かが次々と沸いて出てくる印象。何かが多量であることを表現する。また、そのような、(喜びであれ悲しさであれ際限なく沸き立ってくるような)心情であること、を表現する。
「是(ここ)に、天皇(すめらみこと)甚(にへさ)に悅(よろこ)びたまひて…」(『日本書紀』)。
「肥後国風土記曰……………俗見多物即云 尓陪佐」(『釈日本紀』十六 「多請」)。