「イチ(位置・一)」(公定され、安定的に定まったあり方)も「よち(余地・四ち)」(余っている地・ゆとり・余裕)もなく、その間の「ニち(二ち)」にも「サンち(三ち)」にも行かない→「にちもさんちも行かない→にっちもさっちも行かない」ということ。「イチ(位置・一)」「よち(余地・四ち)」の手前にも行かない。つまり、「にっちもさっちも行かない」は、安定的なあり方もなく余裕もない、の意。この語の語源は、古くから一般に、算盤(そろばん)において「二割る二(2÷2)」「三割る三(3÷3))」を「二進(ニシン)」「三進(サンシン)」というところから、と言われますが、その場合、なぜ二と三なのかよくわからない(それで表現するなら「一進(イッシン)が行かない」で十分でしょう)。また、それをそれで割って一になるということはそれは割られずに保存されるということですが、「にっちもさっちも行かない」は、それが割られず保存されない、という意味ではなく、困難な情況に変動対応を迫られているがその手段や方法がなく窮状にある、という意味でしょう。ただし、「にっちもさっちも」は当て字で「二進も三進も」と書くことはある。この表現はまったく先へ進めないということでしょう(「二地も三地も・二進も三沈も」などと書くこともある)。
「『…とうとう大身代を潰(つぶ)して……さァそうした上句(あげく)が、悪い病(やまひ)を病(や)み出して、二進(にっち)も三沈(さっち)も行かねへはサ』」(「滑稽本」『浮世風呂』)。
「二進(につち)も三進(さつち)も行(ゆ)かぬ 筭(算)言」(『譬喩尽(たとへづくし)』(天明六(1786)年))。