◎「にし(西)」
「いにひしり(去に日領り)」。「ひ」は「に」に吸収されるように消え、R音は退行化し「り」は無音化した。「いにひしり(去に日領り)→にし」とは、行き去り行く日の影響下にあること、その世界、その方角。
「ぬばたまの夜渡る月を留(とど)めむに西(にし)の山辺に関もあらぬかも」(万1077:これは月が沈む方角)。
「今日もかも都(みやこ)なりせば(あなたを)見まく欲り西の(にしの:尓之能)御馬屋(みまや)の外(と)に立てらまし(立ってもいよう)」(万3776:これはある男が「娘子」に送った歌)。
「東市司 比牟加之乃以知乃官 西市司 爾之乃以知乃豆加佐」、「西生 邇之奈里」(畿内・摂津国にある地名)、 「西 ニシ」(以上『和名類聚鈔』:ちなみに、『和名類聚鈔』において「西南」は「ヒツジサルノスミ」とある)。
「西の市にただ独り出でて目並(めなら)べず買ひてし絹の商(あき)じこりかも」(万1264:「商(あき)じこり」は売り買いにおける失敗。「目並べず」は、記憶であれ現在物であれ、一つ一つ良く見、比較し確かめ、ということでしょう)。

◎「にし(辛螺)」
「ねりいし(練り石)」。R音は退行化し、ねりいし→ねいいし→にし。石をひねったような印象のもの、の意。小さな巻貝の総称。田(た)にいれば「たにし(田辛螺)」(ただし、『和名類聚鈔』には「田中螺」に「和名太都比(たつび)」とある)。
「備後の鞆(とも)の島 其の島島にて島にあらず 島ならず 螺(にし)なし栄螺(さだへ)なし石華(せい)もなし…」(『梁塵秘抄』:「せ(石花)」はカメノテ)。
「小辛螺 ……和名仁之」(『和名類聚鈔』)。