「にきほ(和秀)」。「にき(和)」はその項(3月26日)参照。ゆっくりと彼方へ吸い込まれていくように静かで穏やかであり、「さはり(触り・障り)」となる抵抗感・障碍感、対象としては硬さ、はなく、心情としては障碍による緊張もない。「にきほ(和秀)→にこ」は、その「にき(和)」の特異的発生があること。「ほ」で表現される特異的発生とは、たとえて言えば、無から、見えない球形の気体が膨張していくような感覚。その、見えない球形の気体のような対象たるものや情況が穏やかであり、なんら抵抗感・障碍感はなく、柔(やは)らかであり抵抗や緊張がない。「にこくさ(和草)」、「にこげ(和毛)」など。また、その穏やかさ平和な安堵した幸福感であり、そうした情況にあることを擬態のように表現する。「にこよか」、「にこやか」、「にこにこ」など。「~よか」は対象表現的であり、「~やか」は一般情況表現的。
「向(むか)つ嶺(を)に 立てる夫(せ)らがの 柔手(にこで:儞古泥)こそ 我が手を取らしめ 誰(た)が裂手(さきで) 裂手(さきで)そもや 我が手取らすも」(『日本書紀』歌謡108)。
「…綾垣の ふはやが下(した)に 苧衾(むしぶすま) 柔(にこ)や(尓古夜)が下(した)に 栲𣑥衾(たくぶすま) さやぐが下(した)に 沫雪(あわゆき)の 若やる胸を…」(『古事記』歌謡6:「柔(にこ)や(尓古夜)」は「にこやは(和柔)」でしょう)。
「秋風に靡く川辺のにこ(尓故)草のにこよか(尓古餘可)にしも思ほゆるかも」(万4309)。
「葦垣(あしがき)の中の和草(にこくさ:似兒草)にこよかに(尓故余漢)我れと笑まして人に知らゆな」(万2762)。
「天下(あめのした)の麗人(かほよきひと)は吾(わ)が婦(め)に若(し)くは莫(な)し………曄(あからか)に溫(にこやか)に…」(『日本書紀』)。
「(その女人は)夫に随ひ柔(ニコヤカ)に儒(やはらか)にして練りたる糸綿の如し 訓釈 柔 音爾夏及 爾古也可二」(『日本霊異記』(国会図書館本))。
「山に住む者は、毛の和(にこ)き物 毛の荒き物…」(『祝詞』「広瀬大忌祭」:「にこ」を語幹とするク活用形容詞「にこし」)。
「和 ………ヤハラク………ニコシ」(『類聚名義抄』)。
「囅然 ニココニ ニフブニ」(『類聚名義抄』:「にここに」は「にこかほに(柔顔に)」か。「にふぶに」は「にふぶ」の項)。
「囅然 ニコニコ 笑詞㒵爾」(『雑字類書』)。