◎「にがし(逃がし)」(動詞)
「にげ(逃げ)」の他動表現。逃げの状態にすること。
「『雀の子を犬君(いぬき:人名)が逃がしつる。伏籠(ふせご)のうちに籠(こ)めたりつるものを』」(『源氏物語』)。

◎「にがし(苦し)」(形ク)
「にが(苦)」は「にひがら(煮火殻)」。「ら」はR音が退行化しつつ消音化した。「ひがら(火殻):火の殻(から)」は燃え残りであり、炭化した木などです。「にひがら(煮火殻)」はそれを煮たもの。「にがし(苦し)」はそれを語幹とした形容詞表現。すなわち「にがし(苦し)」は燃え残りの炭を煮詰めたような味ということ。「にがみ(苦み)」「にがり(苦り)」という動詞、「にがにがし(苦々し)」というシク活用形容詞もある。
「おほらかにてくふに、にがき事物にもにず。きはだ(黄檗)などのやうにて…」(『宇治拾遺物語』:「きはだ(黄檗:オウバク)」はここでは生薬を言っており、苦みが強い)。
「苦 ………ニガシ」(『類聚名義抄』)。
「知らなけりや是非がない。必ず後悔さつしやるな、と苦(にが)を放(はな)してじろじろと、そこら傍(あたり)を見廻(みまは)し見廻(みまは)し立帰る」(『神霊矢口渡』:これは、相手が苦(にが)い思いになるようなことを言うこと)。

◎「にがみ(苦み)」(動詞)
「にがし(苦し)」(その項)の語幹の動詞化。なにかが苦(にが)くなることではなく、苦いと感じているような、苦い何かを口にしたような、心情状態になること。不快な、嫌な思いになっている、と思われる状態になること。「にがめ(苦め)」という表現もありますが、たとえば「顔をにがめ(苦々しい顔をし)」のように、これも「にがみ(苦み)」を表現している他動表現。「にがみ走(ばし)った顔」の「にがみ」は「苦味(にがミ)」。
「御物語聞こえたまふを、『暑きに(暑いのに)』とにがみたまへば、人びと笑ふ」(『源氏物語』:うんざりしているような印象で言った)。
「顰スルトハ カホヲニカメテ痛(いたむ)㒵(かほ)アリ 其時(そのとき)尚(なほ)ウツクシカツタソ」 (『燈前夜話』:これは「にがめ」。「顰(ヒン)」とは、眉をひそめるような顔をすること)。