◎「なやまし(悩まし)」(動詞)
「なやみ(悩み)」(その項)の使役型他動表現。心をなやます、は、何かが原因で心が悩む状態になることを表現する。
「霍公鳥(ほととぎす) いや頻(し)き鳴きぬ ひとりのみ 聞けば不怜(さぶ)しも …………… 鳴き響(とよ)め 安寐(やすい)寝(ね)しめず 君を悩ませ(奈夜麻勢)」(万4177)。
「『……いたう心悩ましたまふと、恨みきこゆべくなむ』」(『源氏物語』:ひどく私を悩み苦しませなさると、お恨み申し上げます)。
◎「なやまし(悩まし)」(形シク)
「なやみああし(悩みああし)」。「ああ」は感嘆発声。悩んだ状態になっている心情の表明。「なやみ(悩み)」は病気になることなども意味しますが、後世では判断が完全に成立しないことの表現に用いられることが多く、「なやましい」がそんな状態になっていること、思いが乱れる、のような意の表明に用いられる場合が多い。
「吾(わ)が父(かぞ)の先王(うしのきみ)は、是(これ)天皇(すめらみこと)の子(みこ)たりと雖(いへど)も、迍邅(なやましき)に邁遇(あ)ひて、天位(あまつひつぎ)に登(のぼ)りたまはず」(『日本書記』顯宗天皇二年八月:この「迍邅(なやましき)に邁遇(あ)ひて」は、不慮の難にあい、のような意味になる)。
「「心地悩ましければ(気分や体調がよくないので)、人びと避けず(近侍の者をいさせて)おさへさせてなむ(圧し療治というか、揉み療治というか、そうしたことをさせているようだ)」と聞こえさせよ(言いなさい)」(『源氏物語』)。
「もうどんどんと冷えて行く着物の裏に、心臓のはげしい鼓動につれて、乳房(ちぶさ)が冷たく触れたり離れたりするのが、なやましい気分を誘い出したりした」(『或る女』(大正8(1919)年:有島武郎))。