◎「なめ(侮め)」(動詞)
昔、銭(ぜに:金属貨幣)のなにも刻印されていない裏側を「なめ」と言う表現があった(古い俗語でしょう)。表面がなめらかだからです。なにも刻印されていないということは、価値が表されていない、社会的な形(かたち:あり方)をなしていないということです。この、価値がない、ということや、形無(かたな)し、ということにより、価値が表される表(おもて)を裏返しにしてしまい価値が表されない状態に、形無(かたな)しの状態に、してしまうことを、名詞の「なめ」がそのまま他動表現の動詞化した語が「なめ(侮め)」。「(人やものごとを)裏(なめ)にする」が「(人やものごとを)なめている」になるわけです。それにより意味されるのは、ことやもの(人)を価値のあらわされないものに、形無(かたな)しに、すること。
この語は「平懷」が「なめて」と読まれるように、古い形容詞「なめし(無礼し)」(ものやことの価値や意味を不存在化させること→「なめし(無礼し)」の項)に意味影響を受けていると思われます。ただし、形容詞の語幹がそのまま動詞化するとは思われない。
「罵 ナメル」「平懷 ナメテ」(『温故知新書』(文明十六(1484)年))
「それはさうぢやが、この隣りへ近頃来た相貸屋(あひがしや)の烏帽子折(えぼしをり)、この井戸替へにも立ち合はず、あんまりなめた奴ぢやないか。野平なんと思やるぞ」(「浄瑠璃」『妹背山女庭訓』)。
「簡単なことだとなめてかかる」。「なめんぢゃねぇ」。
「縵 ナメ 銭ノ背無文之處」(『書言字考節用集』(享保二(1717)年刊))。
「銭 ぜに○畿内にて表の方を・もじと云東国にて・かたと云同く裏(うら)のかたを畿内にて・ぬめと云東国にて・なめと云」(『物類称呼』(安永四(1775)年刊))。

◎「なめくぢり(蛞蝓)」
「なめこいぢひり(滑臥い路放り)」。「こい→く」はO音とI音の連音がU音になっている。「なめ」は、「なめ(舐め・嘗め)」ではなく、「なめ(滑)」(その項)。「こい(臥い)」は動態が凝集・凝縮したようになること(その項)。これは小さな軟体動物の名ですが、「なめこい(滑臥い)」は、「なめ(滑)」たる、透明な粘液に覆われているその体表やその動態、そして「こい(臥い)」たる、刺激によりそれが委縮し固化するようなその動態の印象による名。「ちひり(路放り)」は、それが放(ひ)り出すように(排泄するように)、その移動軌跡に反射光を放つような筋状の痕跡を残し、これが「ち(路)」(道)を放(ひ)り出しているようだ、ということ(体表の粘液が付着し移動痕跡として残る)。「なめくぢ」ともいいますが、これは「なめけひりち(滑気放り路)」か。「なめ(滑)」な気(け)の路(ち)を放(ひ)るもの、の意。生物学的には、貝殻の退化した貝類である。
「いみじうきたなきもの。なめくぢ、…」(『枕草子』)。
「蚰蜒 …………和名奈女久知」(『和名類聚鈔』:「蚰蜒」は21世紀の中国語ではゲジゲジ。ナメクジは「蛞蝓」。しかしナメクジは「蜒蚰」とも言う)。
「蚰蜒 ナメクジリ」(『伊京集』)。
「Namecuji(ナメクジ). ……」「Namecujiri(ナメクジリ).  Idem(同語),…」(『日葡辞書』)。