・「咲きなむ」「裂けなむ」
この「なむ」は、たとえば「咲き」に完了の「ぬ」がついた「咲きぬ」に意思・推量の助動詞「む」がつくと「咲きなむ」になるように、意思・推量の「む」によって完了の「ぬ」がA音化したことによる「なむ」です。意思・推量の「む」がつくとなぜその前の音(オン)がA音化するのか(厳密に言うと、なぜA音化したりしなかったりするのか)に関しては「む(助動)」の項。意味としては「な」になった「ぬ」で認了され動態が確かなこととして表現され、つづく「~む」は意思の場合と推量の場合がある。しかし、ただ、「ぬ(な)」で動態の確信性が強まるだけで、「ぬ(な)」がなくても、言っていることが決定的に変化するわけでもない。
この「なむ」は文法的には特別な品詞としては分類されていない。単なる助動詞とその変化の組み合わせということです。ちなみに、この「なむ」は、動詞がたとえば下二段活用の場合、次段(四種の「なむ」の語源(その2))の「なむ」と見ただけでは見分けがつかない。たとえば「さけ(裂け)」ならどちらも「さけなむ(裂けなむ)」になる。その点は、どちらなのかは言っていること全体の中で判断される。動詞が四段活用動詞の場合、ここでは「咲きなむ」、次段では「咲かなむ」。
「さかりにならば(年頃になれば)、かたちもかぎりなくよく、かみ(髪)もいみじくながくなりなむ」(『更級日記』:推量)。
「いざ桜 我も散りなむ ひとさかり ありなば人に うきめ見えなむ」(『古今和歌集』:「散りなむ」の「む」は意思、「見えなむ」の「む」は推量。「人にうきめ見え」とは、人でいやな思いをする、ということでしょう。散ることが盛り、消えてなくなることが盛り、というような歌)。
「春ことに(毎に)花のさかりはありなめとあひ見む事はいのちなりけり」(『古今和歌集』:「ありなめど」でも「あらめど」でも決定的に意味が変るわけではない。この「め」(「む」が変化している)は推量)。
「うつたへに(まったく)忘れなむとにはあらで…」(『土佐日記』:まったく忘れてしまおう、というわけではなく。この「む」は意思)。
「青山に 日が隠らば ぬばたまの 夜(よ)は出でなむ」(『古事記』歌謡4:推量)。
「この世にし楽しくあらば来む世には虫に鳥にも我れはなりなむ」(万葉集348:意思)。
「『かばかりになりては、飛びおるるともおりなむ…』」(『徒然草』109:推量)、「知らぬ道の羨しくおぼえば、「あなうらやまし。などかならはざりけむ」といひてありなむ」(『徒然草』167:推量)。
「惟光、『夜は、明け方になりはべりぬらむ。はや帰らせたまひなむ』と聞こゆれば」(『源氏物語』:この「たまひなむ」の「む」は意思なのですが、相手の意思を表現するような状態になり、相手に帰ることをすすめている。さぁ、お帰りになりましょう、のような言い方なのですが、いざ、帰らむ、と相手に言うことが相手への勧めになるようなもの(この表現は推量ではない))。