◎「なまめかし」(形シク)
「なまめきはし(なまめき愛し)」。「なまめき」はその項参照。「はし(愛し)」は感嘆表明(その項)。この形容詞は、動詞「なまめき」の意味の変化と、「なま」が人的加工が無いことと解されていくことの影響により、後世では女の妖艶さを表現するような印象で用いられるようになる。しかし、元来は「なまめき」に感嘆する形容詞表現であり、隠れた、それゆえの、美しさや心ひかれる何か、のようなものを表現する。
「けさう(化粧)などのたゆみなく、なまめかしき人にて、あかつき(早朝)に顏づくりしたりけるを、泣きはれ、涙にところどころ濡れそこなはれて、あさましう、その人となむ見えざりし」(『紫式部日記』:これは中宮彰子(藤原道長の子)出産時の騒ぎでの話であり、控えめな品格のある、身づくろいや化粧も失礼や落ち度のないようにやるような人が泣いて化粧が崩れ顔がひどいことになっているということ)。
「春秋の花紅葉の盛りなるよりは、ただそこはかとなう茂れる蔭ども、なまめかしきに、水鶏(くひな)のうちたたきたるは…」(『源氏物語』「明石」)。
「若君は、紫苑(しをん)の御衣(みそ)、竜胆(りんだう)の織物の指貫(さしぬき)にて、花の中におりて、童(わらは)べとまじりて歩(あり)きたまふは、かばかり類(たぐひ)なしと見えたまふ姫君の御様にけぢめことならず、あてに、にほひやかに、なまめかしく見えたまふ」(『夜の寝覚』)。
「なまめかしきもの ほそやかにきよげなる君たちの直衣(なほし)姿。………薄様の草子……いたうものふりぬ檜皮葺(ひはだぶき)の屋に、ながき菖蒲(さうぶ)をうるはしうふきわたしたる。………むらさきの紙を包み文にて、房ながき藤につけたる…」(『枕草子』)。
「浅緑なる梢の、何となくけぶり渡りたる程を眺めて、端近う柱に寄り居て行ひ給ふに(仏教の勤行をおこなうと)、思ひもかけず、(尼の姫君の)艶なるぬくたれ(寝くたれ)の姿、なまめかしうて、御簾うちあげて、すのこの長押におしかゝりて居給ひぬれば…」(『浜中納言物語』)。
「『まあ。お人の悪い。貴郎(あなた)は』と莞爾(にっこり)した(貴婦人の)流眄(ながしめ)の媚(なまめ)かしさ」(『婦系図』(泉鏡花:1907年))。
「けばけばしい電燈の光はその翌日の朝までこのなまめかしくもふしだらな葉子の丸寝姿(まるねすがた)を画(か)いたように照らしていた」(『或る女』(有島武郎:1911-年))。

◎「なまよみの(枕詞)」
「なまよみの(生読みの)」。「なま(生)」は、ある事象や動態が、事象や動態としてあるのか、その事象や動態として受容できるのか、明瞭な判断がつかないこと。いい加減であること(→「なま(生)」の項)。「よみ(読み)」は、この場合は、数えること。つまり、「なまよみの(生読みの)」は、いい加減に数える、ということであり、これは枕詞であり、国の名「かひ(甲斐)」にかかる。かかり方は、それが稲の穂を意味する「かひ(穎)」(→「かび(穎)」の項)と同音だから。稲の穂、そしてその束、がいい加減に数えられるということは、数えることにうんざりするほど豊作なのです。そして、それが共同作業で一人一人の取り分が数え分けられる場合、いい加減な数え方で豊富にわけられる。「なまよみの甲斐(かひ)」は「甲斐(かひ)」はそんな世界だと表現している。この枕詞は一般に、かかり方未詳、と言われている。
「なまよみの(奈麻余美乃)甲斐(かひ)の国 うちよする駿河(するが)の国と…」(万319)。