◎「なす」
「になしゆ(に成しゆ)」。「に」は「な」に吸収されるように無音化した。「に」「ゆ」は助詞。「なし(成し)」は動詞。助詞「ゆ」は経験経過を表現し、ここでは、動態が経験経過する、とでもいう状態を表現し、たとえば、動態A(動詞連体形)に為(な)しゆ動態B(動詞)、という表現が、Aする状態でBする、という表現になる。「衣(きぬ)につくなす目につく我が背」(万19:衣につくになしゆ目につく。衣につくということをする状態で目につく→衣につくように目につく)。これはBが形容詞でも表現は成り立つ。「鳴る瀬ろに木屑(こつ:ゴミやカス(その項))の寄すなすいとのきて愛(かな)しけ背(せ)ろに…」(万3548:寄すになしゆいとのきて愛(かな)し。木屑(こつ)が寄っていくように(抗いがたい力に流され)突出して愛(かな)しい背(せ)…)。Aが名詞の場合もある。「海月(くらげ)なす漂へるとき」(『古事記』:海月になしゆ漂ふ。海月をなして漂ふ。まるで海月のように漂ふ)。「山なす宝(山となっている宝)」のような表現の「なす」は客観的完成感・形成感を表現する通常の動詞「なし(成し)」。「真玉(またま)なす二つの石を」(万813:これは通常の動詞「なし(成し)」)。
似た印象の表現に「のす」がある。
◎「なすび(茄子)」
「にあはすみみ(煮淡墨見)」。その実を煮ると湯が淡い紫色に、つまり、薄い墨のように、なることによる名(ただし、植物学的には、その実が他の色のものもある)。草性植物の一種の実、そしてそれ自体、の名。「び」が落ち単に「なす」とも言う。この「なす」は女房詞か。『大上臈御名之事(おほじやうらふおんなのこと)』(1589年)では「なすび(茄子)」が「なす」、「わらび(蕨)」が「わら」になっていますが、これは「ひ(火):火災」を避けたということでしょう。
「茄子 ……和名奈須比」(『本草和名』)。
「まづは北のかた賀茂河原につくりたる、のゝまめ、さゝげ、うり、なすびといふもの…」(『大鏡』)。
「松木よりなすの小折まいる」(『御湯殿上日記』)。